猫スキル
とうとうわたしは本題を切り出した。
「ねえ、ベロニカは聖属性魔法が使えるんだよね?」
どストレートに聞いた。まどろっこしいのは性に合わないから。
「何言ってるの? 無理に決まってるじゃない。魔法なんて使えるわけないでしょ?」
「嘘!? ちょっと待って、それじゃ困る!!」
焦ったわたしは、すぐに鑑定をした。
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ベロニカ 聖女 『ヒロイン』
【魔法】 聖属性魔法 四大属性魔法
【スキル】 『猫可愛がり』
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一瞬にして、興奮した。
ベロニカが、間違いなく“聖女”だったことに、ではない。
「うわっ、何このスキル!? 【猫可愛がり】だって! めちゃくちゃ欲しい!!」
なぜか日本語で書かれていた【猫可愛がり】というスキルを見つけたからだ。猫ちゃん好きのわたしは今日もブレない。
「チビ、また話がずれてる」
「あ、でも……」
わたしは葛藤した。
猫ちゃん好きとしてはどうしても気になる【猫可愛がり】というスキル。けれど、真の目的は聖女様を探すこと。王妃様の命の方が大切だ。
「仕方ない、話を戻すとするか。ベロニカはやっぱり聖属性魔法が使えるはずだよ? それに他の魔法も使えるみたい。しかも、聖女の称号まであるし」
口にはできないけれど、ヒロインの称号も。
「本当に魔法なんて一度も使ったことないし、あたしが使えるわけないじゃない。それに聖女って、本気で言ってるの? やっぱり、じゃがいもを食べておかしくなったんじゃない?」
じゃがいもは悪くない。けれど、このままではじゃがいもに濡れ衣を着せてしまう。
どうしようか、と考えたわたしは、博識な黒猫ちゃんのルベに見解を求めた。
「ねえ、ルベ、どういうこと?」
「きっと、きちんとした魔法の使い方を知らないだけだろ? それか、魔法が使えないと思いこんでいるか。魔力は十分にあるようだし」
ルベが喋った瞬間、ベロニカが歓喜の声をあげた。
「やっぱり、聞き間違いだと思っていたけど、さっきも黒猫ちゃんが喋ったのよね? 可愛い!!」
「でしょ! うちのルベは特別かわいいんだから!!」
「おい、また話がズレ始めてるぞ」
ルベが一言喋る度に、ベロニカは喜んでくれる。わたしは一気に親近感を覚えた。
「おいで、黒猫ちゃん、可愛いがってあげるから!」
ベロニカはルベに向かって、手を伸ばす。すると、あら不思議。
「あ、だめだ、これはやばいヤツだ」
ルベは、ベロニカの手招きに逆らえないらしい。どんなに抗おうとしても、少しずつ少しずつベロニカに吸い寄せられて行く。
それを見ていたわたしは気付く。
「まさかっ! これが猫可愛がりのスキル!? 絶対に欲しい!!」
急いで、目で見て盗み、無事に【猫可愛がり】のスキルをゲットした。
「うわっ、最悪だっ、逃げられないっ、マジで苦行だっ!!」
ベロニカに撫でられて、とても気持ちが良いはずなのに、同時にベロニカの聖属性の魔力も流れてくるらしい。
逃げようと思っても、猫可愛がりのスキルで逃げられない。
「ふふ、可愛い」
どさくさに紛れて、わたしも一緒にルベを撫で始めた。
「チビ、やめろ、本題だ。また話がズレてるぞ」
必死で抵抗するものの、ルベを撫でる手が止まらない。
「久しぶりのルベをもっと堪能したいよ〜!!」
「ああっ、もう無理っ!!」
耐えきれなくなったルベは一瞬にして姿を消した。
「チッ、逃げたか」
「え? 消えた? もしかして、今のも魔法?」
ルベが転移魔法を使って逃げたのを見て、ベロニカはキョトンとしている。
「今のルベの魔法はとても特別な魔法だけど、ベロニカも魔法が使えたじゃない! “黒猫ちゃん、可愛がってあげる”って言ったでしょ? 猫ちゃんを可愛がることのできる【猫可愛がり】って最高のスキルだね!」
あたかもそれらしく言っているけれど、わたしは知らない。この猫可愛がりのスキルの本来の使い方を。
猫という言葉が付くがゆえに、猫に囚われすぎて、その本来の意味をわたしは理解しようとしない。ただ単に、猫ちゃんを愛でるためのスキルだと信じて疑わないのだから。
猫可愛がりの本来の意味は、猫を可愛がるように無条件にひたすら愛をそそいだり、甘やかすほど可愛がること。
聖女でありヒロインであるベロニカに、ぴったりのスキルだ。
それもそのはず「ヒロインには誰からも愛されるスキルを授けたいけれど、魅了という言葉だとなんだかなあ〜」と思った神様からの、趣向を凝らした特別なプレゼントなのだから。
だから、日本語で書いてある。【盗】のスキルと同じように使うことができる、とても特別なスキルだったのに。
わたしの猫ちゃんばかに巻き込まれたベロニカは、“猫のように愛されたいな”と無意識レベルで使うためのこのスキルを、今後は猫ちゃんを愛でるためにしか使わないだろう。
まさか、乙女ゲームのヒロインの好感度アップ方法を潰していたなんて、もちろんわたしは気付いていない。
「……けれど、本当に今まで魔法なんて使ったことはないの。だから、いきなりそんなことを言われても困るよ。でも魔法が使えたら、もしかして生活も楽になるのかな?」
「生活も楽になる、というか、玉の輿だって夢じゃないよ!! じゃあ、今日はもうお腹が空いたし、明日になったら一緒に魔法の練習をしてみようよ」
わたしはベロニカと一緒に教会に泊まることにした。
(でも、乙女ゲームだと、どうやって聖女の力を目覚めさせるんだっけ? 教会で何かが起こって、聖女の力を目覚めさせるんだよね?)
わたしは、その“何か”を思い出すことを、無意識で拒否していた。
前世で乙女ゲームをプレイしていた時も、そのシーンだけは絶対に見ないように、目を逸らしたり、スキップするほどに。