魔法嫌いの原因
ロバーツ王国は、自称神様が言っていた通り、魔法の国だった。
「自称神様は嘘をついていたわけじゃないんだね。疑ってごめんね」
とりあえず、空に向かって叫んでみた。謝るべきことは、きちんと謝らなければいけないから。
この世界の魔法は、少なくとも四大属性魔法と呼ばれる、火、土、風、水属性魔法がある。それらは生活に欠かせないありふれた魔法だ。
そのありふれた魔法も、お父様のように魔力がゼロの者は使えないし、得意不得意によっては、全ての魔法が使えるわけではない。
そんな時に活躍するのが“魔石”だ。
魔力や魔法を予め魔石に込めて、魔法を使う代わりに魔石から水を出したり、風を出したりして使用することができる。
魔法が使えれば必要のないものだけれど、水道の代わりに使われる水の魔石や、厨房で使われる火の魔石は便利だろうし、必要不可欠なものだと思う。
ちなみにオルティス侯爵家では、お父様が魔石や魔導具に関係する仕事に就いているおかげで、最新の魔石や魔導具が手に入る。
中には試作品もあり、知らぬうちに実験台になっていたりする。それだけは本当にやめて欲しい。
そして、魔石に込められた魔法は永久的に使えるわけではなく、取り替えたり、魔法を充填しなければならない。
オルティス侯爵家の魔石も、切れそうになった頃に充填しに来てくれる人がいる。
今まさに、その人が来てくれている。
(もっと近くで見たいよ。でも、これ以上近付いたら気付かれちゃうよね。あぁ、こんなにこっそりと盗み見るんじゃなくて、堂々と目の前で見たいよ!!)
わたしは、マーサと一緒に歩くその人を追いかけて、その人が魔法を魔石に充填する様子を、物影からこっそりと盗み見ている。
どうして盗み見ているのかというと、ここに来ていることを知られたくないのだろう、とわたしが勝手に忖度したのも理由の一つだ。
(うわぁ! すごく力強い魔法! あれほどたくさんの魔石に充填して回っても、全く疲れてないなんて凄いなぁ!)
その人の魔力が、とても力強く膨大だということは、子供のわたしにでもよく分かった。
その人は身体も大きくて、何とも言えない迫力がある。例えるなら熊のような大男。でも、全く怖くはなかった。
だって、いつもわたしのことをふわりと優しく撫でてから、屋敷を去っていくのだから。
(もうちょっと、もうちょっとの辛抱よ。わたし我慢よ!)
わたしは撫でられている間も、その人の存在に気付いてないふりをしていた。話しかけてみたいと思いつつも、必死に我慢した。
そして、最近ようやく分かったことがある。
その人は、必ずお母様のいない時を見計らって、この屋敷にやってくるということ。
(きっと、お母様の魔法嫌いの原因はこの人なんだろうな)
お母様が口走っていた、アイツという存在。
少し悲しいけれど、そう思わずにはいられなかった。マーサとその人の会話を聞いてしまったから。
「今日も、お会いにならなくてもよろしいのですか?」
「ああ、フェリシアは、わしには会いたくないだろうからな。あの子はきっと、わしのことを恨んどる……」
「きちんと話せば、きっと分かり合えるはずですよ?」
「マーサ、世の中には知らない方が良いこともあるんじゃよ」
こっそりと盗み聞きした会話には、二人の悲しそうな気持ちが痛いほど詰まっていた。
(分かり合えるのなら、どうにかできないのかな?)
だから、その日の夕食の時、わたしは思い切ってお母様に尋ねてしまった。
「わたしに“お祖父様とお祖母様”はいらっしゃらないのですか?」
「だ、誰に聞いたのっ!?」
わたしの言葉を聞くなり、血相を変えたお母様は、テーブルをダンッと叩きながら一気に立ち上がり叫んだ。
(お、お母様、こわい……)
はっきり言って、震えるほど怖かった。
いつもは侯爵夫人の鑑とも言える、余裕のある美しさを醸し出すお母様から、まさか得体の知れない殺気が渦巻くとは、思ってもみなかったから。
「誰に、ってわけではなくて、ふと思ったんです。今までお会いしたことがないから」
きっと、わたしの目は涙目で、声も震えていたのだろう。わたしを見るなり、ハッとした表情を浮かべたお母様は、徐に視線を下げた。
「そう、それならいいわ。大きな声を出してしまってごめんなさい」
冷静さを取り戻したのか、ゆっくりと椅子に座り直していた。空かさずお父様が優しくわたしに話しかけてくれた。
「私の父と母は遠くに住んでいるから、滅多に会えないんだよ」
「私のお母様は、スーフェちゃんが生まれる前に亡くなってしまったわ」
お父様に続いて、お母様も自身の親について話してくれた。けれど……
(やっぱりお母様はお祖父様のお話はしてくれないんだね。魔石に魔法を充填しに来てくれるお祖父様のこと)
わたしが盗み見ていた“その人”とは、わたしのお祖父様、お母様のお父様だ。
(わたしが聞きたいのは、お祖父様のことなのに)
「あの、お母様のおじい……」
「あんなやつ、いないのと同じよ!!」
わたしの言葉を遮るように、お母様は再び声を荒げた。その瞬間、やはりお母様の地雷はお祖父様だと確信した。
(けれど、せっかく意を決して切り出したのに、今さら引き下がりたくないよ……)
もう一度わたしが口を開きかけた時、お父様が「待った」をかけた。
「フェリシア、落ち着いて。スーフェもこの話は終わりにしよう」
「……はい、お父様。お母様、ごめんなさい」
慌ててお父様が仲裁に入ったことにより、わたしは引き下がざるを得なかった。
その場は丸く収まったけれど、お祖父様の話は禁句になってしまった。
お母様の前では……