忍び寄る魔の手
死刑が確定しようとしていたわたしに、その場にいる全員がじとりとした視線を向けてくる。
けれど、勇敢な黒猫ちゃんが精霊さんたちと協議をし始めた。
(ルベ! わたしの弁護をしてくれてるんだね!!)
結果、優秀な黒猫弁護士のおかげで「わたしが浮気をした」という点だけは、棄却された。
「あのさ、もしかして、そのせいでわたしが今まで話しかけても無視してたの?」
「当たり前だ。みんなお前のことを怒ってるんだからな」
精霊さんたちに怒られて、わたしはしょんぼりだ。
「本当に、ごめんなさい」
「今さら謝っても、もう遅い」
どうしてか、精霊さんたちがラノベ的なことを言い出した。
「そっか、そうだよね。じゃあ、いいや。無理にわたしに付いてこなくてもいいよ」
「えっ!?」
引き止めるのかと思いきや、わたしは違う。精霊さんたちも想定外の出来事に少しだけ焦りを見せた。
けれど、今さら加護したいと言っても、もう遅い。
「だって、無理強いするのは嫌だもの」
一緒にいたくない人と一緒にいることはすごく辛いということを、前世で身を持って知っている。
だからこそ、精霊さんたちにも選択する権利を与えてあげたい。
「チビ、よく言うな。俺にしてきたことを思い出せ。俺の心を盗んでまで、チビが何をしてきたかということを」
「あれは決して無理強いではないよ。ただちょっと心を盗んだら、ルベが自分からわたしに擦り寄ってきてくれたんだもの! 文句を言うなら神様に言って!!」
都合が悪い時は、全てチョロ神のせいにすればいい。
「でも、そうだなあ……」
せっかく精霊の加護を授けてくれたカルの気持ちを無下にするのは申し訳ない。
ということで、わたしは精霊さんたちに別命を与えることを提案をした。
「そのかわり、精霊さんたちにお願いがあるの」
「なんだ?」
「もしかしたら、さっきのグリフォンちゃんみたいに、召喚されたはいいけど、行き場を失ってる魔物や大怪我をして困っている魔物を見かけたら、わたしたちに教えてもらってもいい?」
「どうしてだ?」
「人間の都合で呼び出しておいて、無駄に死んでしまうのはやっぱり可哀想だから。きっと優しいカルも同じことを思うはずだもの。だから、お願いします」
「俺たちは、本当にスーフェのことを加護しなくてもいいのか?」
「うん。わたしにはルベがいるから大丈夫!」
「俺らがいなくなったら魔物たちが寄ってくるかもしれないぞ?」
「うん。カルから聞いてる。けれど、それこそルベがやってくれるよ」
あくまで、他力本願だ。
「まあ、そうだな。元魔王様がいれば、大丈夫だろう」
精霊さんたちは一斉にルベを見た。先ほどまで大笑いしていたルベは今、ツンとおすまし顔だ。
「精霊さんたちは、ルベが元魔王って知ってるの?」
「元魔王ってことはもちろん、本当のおすが……」
「にゃー、にゃー! にゃー!!」
ルベが突然、精霊さんたちの言葉を遮るように騒ぎ始めた。
「わあ、ルベ! 今回はきちんと『にゃー』って言えたじゃない。さすが成長したね」
ルベはわたしの扱いが慣れてきたようだ。見事にわたしの気をそらせることに成功した。
「……まあ、そういうことだ。じゃあ、もしもの時は、その地にいる精霊に助けを求めていいよ。話はつけておくから」
各地の精霊さんを繋ぐ、精霊ネットワークはやはり存在するらしい。
「ふふ、優しいんだね。ありがとう。これからは壊した自然はできるだけ直すからね」
匠のスキルを手に入れたわたしなら、きっとパパッと直せるだろう。
精霊さんたちは、とりあえずこの木を拠点にするらしい。
わたしは精霊さんたちに別れを告げた。
まさか、精霊の加護を与えられてすぐに、精霊さんたちがいなくなるとは、誰が予想していただろうか。
再びペレス村に向かって一歩踏み出そうとしたその時、わたしはルベに申し出る。
「ねえ、ルベ……」
「俺も同感だ」
わたしが言い終える前に、ルベは察したらしい。次の瞬間、わたしたちは一瞬にして姿を消した。
******
……数分後。
「おい、確かにここなのか? これ、あの逃げたグリフォンの血の痕だろ?」
「ああ、間違いない。あのお方の魔力がまだ微かに残っている。この場にしか魔力を感じないけどな」
血相を変えた男二人が、先ほどまでスーフェたちがいた場所に駆けつけた。
少しだけ、“普通“ではない姿をした男たちが。
「けれど、あのお方は突然行方不明になったって、まさか本当に人間界に来てるのか!?」
「ああ、これほど強大な魔力はあのお方の魔力に間違いない。まだ遠くには行っていないはずだ」
「それじゃあ、人間の小娘と行動を共にしているって話はあながち嘘ではないってことか。どうしてあのお方が人間の小娘なんかにっ」
「ワイバーンがいたな。試しに近くの村でも襲ってみるか」
「んなことして、どうするんだよ?」
「あのお方の出方を見るんだよ。人間の味方なのか、それとも俺たちと同じか……」
ニタリと男は不気味に笑う。
「……なるほどな。近くの村か、じゃあ、あの村にしようぜ。忌々しい魔力を感じる教会のある村、あの教会を燃やしちまおうぜ」
「ああ、あの教会か。確かにあれは目障りだ。よし、俺が行くか」
「待て、まずはシアン様に報告してからだろっ」
「俺はまだシアンのヤツを王とは認めてねえ。全てあのお方次第だ」
一人の男は、止める男の制止を振り切って、北へと消えていった。