浮気の定義
「あ、ガキ、ちょっと待て」
「何? ルベさんも精霊の加護が欲しいの?」
「ちげーよ!! チビ、空の魔石をニつ出せ」
「どうしたの? ま、いいけど。はい、どうぞ」
わたしはアイテム袋から、空の魔石を二つ取り出した。
「それに、チビの隠蔽のスキルを込めてガキに渡せ。ガキはそれで自分とそのグリフォンの“姿と魔力”を隠蔽しろ。少しでも目眩しにはなる」
「目眩し? 何から?」
「魔族が絡んでいるなら、少しでも姿を消しといた方がいい。それにグリフォンを探しているかもしれないしな」
わたしは納得し、言われた通りに、空の魔石に隠蔽のスキルを込めた。
「はい、どうぞ。使い方は簡単だよ。魔石に触れて、どうしたいかを考えながら魔力を流すだけだよ。今回の場合は姿と魔力を消したいって願うだけ。魔石に触れている間だけは隠蔽のスキルと同じ効果があるはずだよ」
「ありがとう。やってみるね」
「グリフォンちゃんには、わたし特製の首飾り型の魔石だよ」
わたしは魔石にぐるぐると紐を巻きつけて、子グリフォンの首にかけてあげた。
『きゅう!』
「どういたしまして」
グリフォンちゃんは喜んでくれた。わたしもにっこりと笑って応える。
さっそく、カルとグリフォンちゃんは隠蔽の魔石を発動させた。
「どう? うまく使えてる?」
「うん、姿も見えないし、魔力もうまく隠せているよ」
ぱっと見、わたしの視界からカルとグリフォンちゃんの姿が消えた。
ちなみに、わたしの魔力を込めた魔石はとても質がいい。そこらの人には見破ることはできないと思う。
「あっ、スーフェときちんとお別れの挨拶をしてから消えればよかったかな」
「大丈夫だよ、盗み見れば見えるだろ……!?」
わたしは思わず真っ赤になって左頬を押さえた。何が起きたかは、お察しで。
「カル、そんな、みんなが見てる前で!?」
残念ながら、みんなには見えていない。
「スーフェ、気をつけていってらっしゃい。浮気はだめだからね! ルベさんもスーフェのことをよろしくお願いします」
そして、わたしはカルと別れた。
「行っちゃったね。よーし! 私たちも先を急ごう! 精霊さんたち、よろしくね」
わたしは、にこりと精霊さんたちに笑いかけた。
精霊の加護を受けたわたしは、精霊さんたちの姿を盗み見なくても、今でははっきりと見えるようになっていた。それなのに……
「ふざけんな、ばかスーフェ」
「え?」
「誰がお前なんかを加護するか、暴力女スーフェ」
何を言われたのか、理解が追いつかなかった。
「今の言葉、精霊さんたちが言ったの?」
わたしは耳を疑った。
つい先ほどまで、カルに従順だった精霊さんたちが、まさか、自分たちに与えられた役割をボイコットし始めるなんて。
突然の出来事に、さすがのわたしも焦った。
(まさか、わたしって、精霊さんたちに嫌われてるの!?)
カルの大切な精霊さんに嫌われる=カルにも嫌われる、という公式が頭を過ぎる。
「えっ、どうして? 精霊さん、きちんとわたしに理由を教えて!! だめなところがあるなら直すから、わたしを見捨てないで!!」
必死で懇願するわたしに、精霊さんたちは相変わらずの塩対応。
「敢えて言うなら、俺たちはお前が好きじゃない。だから、守ってやらない」
精霊さんたちはプイッとそっぽを向いた。
「ぷぷっ、チビ、お前は精霊に嫌われすぎじゃないか?」
ルベがお腹を抱えて笑っている。その姿が可愛いから、わたしは怒るに怒れない。
「ねえ、どうして? わたしのどこが嫌いなの?」
わたしは精霊さんたちに必死で尋ねた。
いくら考えても、精霊さんたちに嫌われることをした覚えがない。そう信じて疑わなかったから。
けれど、容赦なく精霊さんたちは次々に罪状を口にし始める。
「スーフェ、自然を破壊した」
「スーフェ、山を壊した」
「スーフェ、いつも乱暴」
「スーフェ、浮気した」
次から次へと、わたしの日頃の悪行を暴露されていった。
「ぷぷっ、全部事実だな」
ルベの笑いは止まらない。そんなルベを横目に、わたしは記憶を手繰り寄せた。
フルーヴ伯爵領で魔法の練習と称して、自然を破壊しまくった。しかも、壊すだけ壊して、全てカルと精霊さんたちに直させていた。
結論、身に覚えがありすぎた。
「……うん、確かに。けれど、最後の浮気だけは納得がいかない!! 意義を申し立てる!!」
意義あり! とわたしは再び立ち上がった。
「スーフェの浮気の定義ってなに?」
一人の精霊さんが、わたしに反対尋問をする。
「浮気の定義? そんなの決まってるじゃない! 手を繋いだらイエローカード! キスをしたらレッドカード!」
婚約者以外の人と手を繋ぐなんて、理由がない限り許されない。けれど、前世でのことを鑑みると、一発アウトは可哀想な気がしてくる。
キスは人命救助目的でなければ、即アウト。逆さ吊りの刑に処したい。
「それなら、同じベッドの上で一夜を共にしたら?」
「もちろん死刑だよ!!」
乙女ゲームがまだ始っていないはずなのに、わたしの死刑が確定しようとしていた。