魔物は敵か?
「え、死んでる?」
目の前で息絶えて死んでいるグリフォンを見て、わたしは思わず息を呑んだ。そして、無性に悲しくなった。
「どうして死んじゃったんだろうね……」
身体中が傷だらけで、至るところから血が流れ出ていた。きっと危険な魔物として討伐されたのだろう。
もちろん、これほど大きなグリフォンに襲われたら、と考えると死ぬほど怖い。
討伐対象となってしまうのは仕方のないことかもしれない。
(けれど、ルベはさっき言ってたもの。普段は大人しくてお利口さんだって。襲うのは敵と認めたらだって。やっぱりむやみに命を奪うのは、絶対に嫌だよ)
すると、カルがグリフォンに向かって手を合わせたことに気付き、わたしもそれに並んで手を合わせる。
「「!?」」
その時、グリフォンが僅かに動いた。
「生きてる!?」
咄嗟に、横にいたカルがわたしを庇うように前に立ってくれる。
こんな時なのに、わたしの胸がきゅんときめいてしまう。
さらにその前、カルの足もとにはルベが立つ。
微かに見える尻尾が、勇敢な黒猫ちゃんの勇姿を物語る。
「チビ、ガキ、後ろに下がってろ。その下にもう一匹いる」
「「え?」」
ルベの言葉に、わたしたちは思わず聞き返してしまう。
「どういうこと?」
「グリフォンの下にいる。どうする? 殺すか? それとも助けるか?」
わたしの気持ちはもちろん決まっている。けれど、先に答えたのはカルだった。
「助けたい。ルベさん、僕は助けたい。助けられる?」
「カル?」
「スーフェごめんね。生きているなら助けてあげたいんだ。僕はどうしても魔物たちが全て悪いとは思えなくて。でも、もし助けたことで、誰かが傷ついたら……」
カルの言葉にわたしはにこりと笑った。
「わたしも助けたいと思ったんだ。“もし”があった時は、その時はその時で考えよう」
わたしは嬉しかった。
魔物を助けたいと言ってくれたカルの考えは、きっと自分と一緒なんだろうな、と思ったから。
「やっぱり、カルはわたしの運命の相手だね」
わたしの人生は、ルベありきの人生だ。だからこそ、考え方が“普通”ではないと自覚している。
わたしはルベと一緒にいることで、魔物は敵ではない、という考えを持ち始めていた。
漠然と、魔界の魔族と魔物は、人間界でいう人間と動物なのではないか、と。
けれど、それは普通の人間の考えではないのだろうな、とも思っていた。
この世界では、従魔などの特殊な場合を除き、魔物を討伐するのは当たり前だという考えが殆どだから。
だからこそ、すぐに「助けたい」と言うことができなかった。けれど、カルは言ってくれた。
神様に、少しだけ感謝した。チョロ神は調子に乗りそうだから、本当に少しだけ。
「もしも、襲いかかってくるようだったら、俺は殺すからな。それだけは了承しとけ」
「うん。分かったよ。ありがとう、ルベさん」
わたしはルベを見た。
(ルベは、魔王として魔族や魔物を統べていたのだから、わたし以上に魔物を身近に感じているはずなのに、大丈夫なのかな?)
「ルベは、魔物を殺すことに抵抗はないの?」
「抵抗というか、正当な理由なく襲ってくるヤツは、それ相応の覚悟を持っているべきだと考えているからな」
目を合わせずに告げるその言葉は、少しだけ悲しそうな気がした。
(ルベも本当は殺したくはないよね。わたしとカルの安全が最優先だからなんだろうな)
「少し離れてろ」
わたしとカルは、グリフォンから距離をとった。しかも、突然襲い掛かられた時のために、カルがわたしの盾となってくれる。
そして、ルベが一気に風魔法で大きいグリフォンを持ち上げた。すると、
『きゅうっ』
その下から現れたのは、とっても可愛らしい声で鳴き、ヨタヨタと歩く小さいグリフォン。
「可愛い、可愛すぎる!」
愛らしいおめめをぱちくりと瞬かせ、わたしたちを見つめてくる。
(可愛すぎて、キュン死にしそう)
ある意味、最強の攻撃がわたしたちに襲いかかった。
そのままヨタヨタと歩き、ルベをスルーしてカルにすり寄ってきた。
それを見たわたしは、すでに戦意を喪失していた。思わずグリフォンちゃんの頭に手が伸びる。
「ママグリフォンが死んじゃって、グリフォンちゃんも悲しいんだね」
いい子いい子と撫でながら、わたしはグリフォンちゃんに声を掛けた。
『きゅう……』
しょんぼりとするグリフォンちゃん。
「わたしの言葉が通じるんだね。本当にお利口さんなんだね」
「もし一人で淋しいなら、キミは僕と一緒に来る?」
『きゅう!』
カルの言葉に、嬉しそうに声をあげる。そしてさらに、カルに擦り寄る。
「もしかして、カルもこのグリフォンちゃんの言葉が分かるの?」
「うん。何となく」
ちなみにわたしも分かる。言語理解のスキルがあるからだ。
「お前ら、一体何があったんだ?」
ルベが、グリフォンちゃんに尋ねた。元魔王のルベも、言葉が分かるらしい。
『ママと遊んでたら、いきなりこの世界に来てたの。変な光と一緒に』
「召喚されたのか?」
『分からない。ママはボクを守るために戦って、でもすごく強くて、何とかここまで逃げてきたの。でも、……死んじゃったの』
その言葉に、ルベは何かを悟ったかのように、大きくため息を吐いた。
「魔術師か……」
「え?」
「魔物を召喚できるヤツっていうと、人間界では魔術師と呼ばれるヤツらだけだ」
「でもそれって、お祖父様に呪いをかけた……」
「同じなんじゃないか? ここはその公爵家の敷地だしな。お前たちの他にも魔物はいたか?」
『魔物もいたけど……』
グリフォンちゃんの言葉に、ルベの眉間に皺が寄る。
「魔族もいたのか?」
『うん。その人たちがママを……』
グリフォンちゃんは、小刻みに震えながら頷いた。