いざ、冒険の旅へ!
「スーフェちゃん、気をつけて行ってくるのよ」
「カルセドニーくん、スーフェのことをよろしく頼むね」
「はい!」
「ルベくんも、どうか二人のことを守ってあげてね」
ルベは尻尾を一振りして、お父様の言葉に返事をしていた。
「では、行ってきます!」
わたしたちは、とうとう冒険の旅へと出発した。
昨日はカルと一つ屋根の下。緊張して眠れない、ということは、もちろんなかった。だから、朝から無駄に元気いっぱいだ。
「いざ、冒険の旅へ! レッツゴー! さっそくベロニカのいるペレス村を目指そう!」
「ペレス村って、ゲルガー公爵領よりももっと北の方だよね?」
ペレス村は、王都の北方に東西に大きく広がるゲルガー公爵領のさらに北に位置するとても田舎の村だという。
「うん、そうみたい。けれど、お父様がゲルガー公爵領は堂々と通らないようにしなさいって」
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マリリンに言われた通り、わたしは夜寝る前に、こっそりとお父様に尋ねた。
「お父様、ペレス村に行きたいのですが、問題があるって聞きました。何が問題なのでしょうか?」
「ああ、きっとゲルガー公爵家のことだろうね。お義父さんに呪いをかけたのが、そこの家の者なんだ」
「確かに、大問題ですね」
想像以上の大問題だった。魔物よりもタチが悪いと思う。
「あら? でも、あのばか息子はあの頃から姿を見せていないじゃない。今も行方不明なんでしょ?」
ちょうど近くを通りかかったお母様が言うには、お祖父様が呪いをかけられてからすぐに、公爵家のばか息子からの熱烈なアプローチが、ぱたりとなくなったそうだ。
「ああ、そうみたいだね。でも、もしかしたら、スーフェが数年前に図書室で会ったという人も、その関係者かもしれないよ。スーフェにまた危害を加えようとするかもしれないから、気を付けるに越したことはないよ。だから、冒険者ギルドの方には、それとなく情報をもらえるようにお願いしていたんだ」
「そうなんですね。だから、マリリンはお父様に聞けって言っていたんですね」
「マリリンって、ああ、受付のマリオくんのことだね。可愛いあだ名だね。私もこれからそう呼ばせてもらおうかな」
「お父様がマリリンって呼んだら、きっとマリリンはびっくりするほど喜びますよ!」
それ以前に、マリリンに会ったら、きっとお父様もびっくりするだろう。
「そうか、ペレス村に行くなら、ゲルガー公爵領内を通らないと、とても遠回りになっちゃうね。リオナ王妃のためなら、早い方がいいし。まあ、できるだけ屋敷を避ければ大丈夫かな? スーフェ、魔石をたくさん用意したから、持っていきなさい」
吸収の魔石と光の魔石、そのほかにもたくさんの魔石をお父様は用意してくれていた。
魔導士時代のお母様の同僚たちの協力も得て、たくさんの種類を用意したらしい。
「こんなにたくさんの魔石を、本当にいいんですか?」
そう言いながらも、すでに手は動いている。もちろん全てアイテム袋に詰め込んだ。
「ああ、ちなみに、空の魔石もたくさん用意しておいたんだ。万が一、とても珍しい魔法が使える人に会ったら、空の魔石に魔法を込めてもらってきて欲しいんだ」
「まさか、お父様……」
「いや〜、楽しみだな。スーフェのおかげで私の研究も捗りそうだよ」
お父様がわたしが旅に出ることを、最も容易く許した理由はこれだったのでは? と思ってしまった瞬間だった。
「せめて、歩合制でお願いします」
「はは、さすがスーフェ、ちゃっかりしてるな」
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「ということで、お父様からたくさんの魔石をいただいたの。お金に困った時は、売ってもいいって!」
旅の資金は重要だ。
その代わり、絶対に秘匿にすることを条件に、わたしはお祖父様も使える契約魔法と、知られても一番差し支えなさそうな清浄魔法を、魔石にこめてきた。もちろんお父様は大喜びだ。
「スーフェ、話がずれてるよ?」
「あ、そうそう、それにルベも同じことを言うの」
「ルベさん?」
カルが足元を優雅に歩くルベを見た。
正直言って、今のわたしたちは側から見ると、全く冒険の旅をしている雰囲気ではない。ほのぼのとした、ただの猫ちゃんの散歩だ。
「ああ、ゲルガー公爵領は、ちょっと嫌な魔力を感じるからな。できれば俺の魔力も向こうに知られたくない。だから、可能な限り魔法は使わないからな。チビも隠蔽を使っておけ。チビには俺の魔力が流れてるから」
「うん、分かった。自衛って大切だからね」
わたしは素直に頷いた。
「それなら大回りになるけど迂回していこうか」
「ううん。森の中を突っ切るよ」
「はぁ?」
今までの会話は一体何だったのか、と理解に苦しむカルは、しばしの間固まっていた。
「あのさ、一応聞くけれど、危ないかもしれないって分かってて、森の中を突っ切るの?」
「うん。ゲルガー公爵家の本邸自体は東の方にあるみたい。だから、西の森の中を見つからないように行けばいいと思うの」
「森の中を通っても、どこを通っても、きっと大差はねえよ」
「ルベもこう言ってるし、だったら、最短ルートで森の中を突っ切ろうよ! 急がば突き進め!」
昨日お父様に聞いたら、ペレス村までの最短ルートは、森の中を突っ切るという、道無き道を通るルートらしい。
もちろん、急がば回れ、が正しいことは重々承知の上。けれど、やっぱり早く王妃様を救いたい。
「うん。最短だからって、どうしてそこで森の中を突っ切る選択を選ぶのか、はっきり言って意味が分からないよ。……けれど、精霊たちも少し森の中が気になるらしいからいいよ。そのかわり、スーフェは僕のそばから、絶対に離れちゃだめだからね」
そう言いながら、カルはさりげなくわたしと手を繋ぐ。
(わわわ、カルったら、こんな明るいうちから大胆なんだから!!)
もちろん嬉しいに決まっているわたしは、ぎゅっと握り返す。カルをちらりと窺えば、少しだけ照れ臭そうに笑ってくれる。
そんなわたしたちに呆れたルベは、どこかへ姿を眩ませた。
(二人きりにしてくれるなんて、ルベったら、グッジョブだよ! 後でご褒美のミルク増し増しだね!)