王妃様の病
「スーフェ、そろそろリオナ王妃の部屋に入るよ。けれど、ここからはフェリシアとだ。さすがに私は入れないからね」
「さあ、スーフェちゃん、一緒に行きましょう」
「はい、お母様」
わたしはお母様に連れられ、部屋の中に入った。はっきり言って、心臓がドキドキしている。
そして、私の目に飛び込んできたのは、ベッドの上に横たわる王妃様の姿だった。
「リオナ、お待たせ。娘のスーフェよ」
「こんにちは、スーフェちゃん。こんな格好でごめんなさいね」
「こんにちは……」
(想像以上に、深刻そう……)
王妃様を見た瞬間、わたしは事の重大さを、ようやく理解した。
王妃様の病状が、見るからに普通の病気ではなかったから。
右半身が真っ黒に変色し、ゴツゴツとした石のように硬くなっている。
(これって、本当に治る病気なの?)
きっと、わたしが青褪めて、声も出ないのが分かったのだろう。王妃様はわざと明るく振る舞ってくれた。
「ふふ、こんな姿を見て驚いたでしょう? もう私、このまま全身が石になって死んじゃうのかも。って王妃がこんな泣き言を言っていたらだめよね。全身が石になってしまったら、王城の一番目につく場所にでも飾ってもらおうかしら」
「もうっ、リオナったら、そんなこと言って……でも大丈夫よ、絶対に何とかなるから!」
「王妃様、とりあえず、失礼しますっ」
わたしは王妃様から【盗】のスキルで、この得体の知れない病気を盗もうと試みた。
けれど、できなかった。
(えっ? どうして? 神様から貰ったこの【盗】のスキルでもだめなの? なんで?)
狼狽えるわたしの目の前には、悲しそうに微笑む王妃様の姿。
そんな姿を見てしまったら、自分の無力さに泣きたくなってしまう。
(わたしには、なす術がない……いや、諦めたらそこで試合終了だ。絶対に何かあるはず!!)
「あの、お話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」
わたしの言葉に、王妃様は優しく頷いた。
「ある日突然、右手の変色から始まったの。そのうち、腕、肩と広がり、顔にまで。徐々に石化も始まって、今ではもう私の右上半身は動かなくなってしまったわ。もちろん王宮の待医にも診てもらったの。でも原因は分からなかった。鑑定のスキルを持つ者にも見せたわ。けれど、やはり分からなくて。ただ……」
「ただ……?」
「その者が言うには、ステータス表示に“読むことのできない文字”が書かれていると言うの」
「読むことのできない文字?」
わたしは嫌な予感がした。ステータス表示、読めない文字、何か聞いたことがある、と。
「わたしにも鑑定させてもらってもいいですか?」
「あら? スーフェちゃんは鑑定もできるの?」
「はい」
「さすが、フェリシアの娘ね。どうぞ、好きなだけ見てもらって構わないわ」
王妃様の了解を得たことで、わたしは心置きなく鑑定した。
++++++
リオナ・フォン・ロバーツ 王妃
『不治の病』
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(不治の病……しかも、ばっちり日本語で書かれているじゃないの! もうほぼ確定じゃん!!)
嫌な予感が当たってしまった。
「ふふ、無理しなくてもいいのよ? 私はもう覚悟はしてるわ。だから、会話のできるうちにフェリシアにお別れを言いたくて、今日来てもらったのよ。ただ、息子にまでこの病気が受け継がれているのではないかと心配でね……息子にも読めない文字が書かれているらしいの」
それを聞いたわたしは思った。
(王子は攻略対象者だから、きっと攻略対象者って書かれてるんだろうな。でも、不治の病か。乙女ゲームで不治の病?)
「ああっ!!」
わたしは思い出した。
(王子も原因不明の不治の病を患って、それをベロニカに聖女の力で治してもらうんだった。じゃあ、もしかして、これも聖女の力だったら治せるんじゃない?)
「あの、お母様、この国に聖女様っていらっしゃらないのですか?」
「聖女様? いないわよ。もう何百年ってロバーツ王国に聖女様は誕生されてないはずよ。ねえ、リオナ?」
「ええ、他国にも、私の知る限りはいないはずよ」
(え、でもベロニカは……って、そうだ! 高等部に入学する直前に、聖女の力を目覚めさせるんだっけ)
ヒントがあったことで、わたしは乙女ゲームについて、僅かながら思い出すことができてきた。
それに、乙女ゲームの一巡目と言えば、王道の王子ルート。王子ルートだけは多少なりともプレイした記憶があったおかげでもある。
(そういえば王子が言ってた気もする。母上も同じ病気だったって。だった? ってことは、そうだ、王子のお母様って亡くなってる設定だ……)
わたしは一瞬にして青褪めた。
(このまま放っておいたら、王妃様が死んじゃう……)