王妃様を救え
(ォネエさん、事件です。何やらわたしは、王妃様を救わなければいけないことになりそうです)
わたしはチョロ神と違って、お願い事の安請け合いはできない。だから、まずは確認が必要だ。
「と、とりあえず、王妃様の状況を説明していただけますか? わたしにもできることと、できないことがありますから……」
元日本人だけれど、ノーと言えるわたしは、過度な期待を持たせないように、はっきりと告げた。
「ああ、そうだよね。スーフェにはまだ詳しくは話せていなかったね。でもきっと、説明するよりも見たほうが早いと思うよ」
見てしまったら、きっと後戻りはできない気もするけれど。
「それに、このぶっ壊れた壁や床は、一体どうなさるのですか?」
(まさか、このせいでわたしが後で断罪を受けるなんてことに、なったりしないよね?)
わたしは、なぜか不安になった。
(今になって、ちょいちょい乙女ゲームを思い出すんだよね。嫌な予感しかしない……)
わたしの野生の勘が告げている。悪い予感というものは、意外と当たるものだから。
きっとわたしは今、着々と乙女ゲームのストーリーに足を踏み入れているに違いない。
(けれど、まだ高等部に入学さえしていない。大丈夫、きっと、まだ間に合う)
早くこの用件を終わらせて、旅に出なければ。
そんなわたしに、お父様は大丈夫だよ、と教えてくれた。
「それは、心配しなくても大丈夫だよ。この王城には【匠】のスキルが使える者がいるからね」
「匠のスキル、ですか?」
初めて聞くスキルだった。
けれど、匠と言ったら、やはり「ビフォー&アフター」が思い浮かんでしまう。
「ああ、前にもフェリシアが城に魔法をぶっ放して、城を壊してしまった時にも、その方に直してもらったことがあるんだ。だから、腕は保証済みだよ」
「もう、あなたったら。魔導士時代の話をスーフェちゃんの前でしたら恥ずかしいわ」
お母様は、お父様が近くにいることで完全に落ち着きを取り戻したようだ。
(ふふ、いつものお母様に戻ったね。仲良し夫婦なんだから!)
しかも、お祖父様と和解したことにより、魔法嫌いも克服したようだ。今ではオルティス侯爵家でも、魔法を使う使用人さんが増えた。
「あの時のフェリシアを目にして、私はさらに惚れたよ。見た目も美しくて素敵だし、魔法も随一だったから、魔力のない私からしたら、フェリシアは雲の上の存在だった。フェリシア様をお慕いし隊の活動も盛んだったし、皆の心を盗む魔法でも使えるんじゃないかって、本当に思っていたよ」
(出た!! フェリシア様をお慕いし隊。あ、そう言えば!!)
「魅惑の魔道士って……」
わたしはぽつりと呟いた。
「スーフェちゃんったら、どうして知ってるの? 魅惑だなんて言われても、正直困っちゃうわ。それに、私は昔からあなた一筋だもの。あの時も、あなたのことをばかにした奴がいて、イラッとしたのよ。だから、魔力がちょっと暴走しちゃったの」
それならと、もうひとつ呟いた。
「傾城の姫……」
「ああ、懐かしいね。その魔法をぶっ放してしまった時に付いた呼び名だ。お城が少しだけ傾いてしまったんだよね」
「まさかの、物理的な傾城!?」
そんなこんなしてるうちに、匠のスキルを使える者が来てくれた。
すると、なんということでしょう! 匠の手によって、荒れに荒れていた廊下は、高級ホテルに見違えるほど、とても綺麗に生まれ変わりました。
「本当に綺麗になるんですね。汚れもヒビも何ひとつなくなって、これぞまさしく匠の技!」
もちろんわたしは盗み見た。魔法のように一瞬ではないけれど、パパっと修繕する様は、まさに匠のみがなせる技。
劇的なビフォー&アフターを目の当たりにして、わたしは感動を隠せない。
「匠のスキルのすごいところは、壊す前よりも綺麗になるところだね。その中でも、彼は遊び心を忘れない。さすがですね」
「スタン様にお褒めいただけて、とても光栄です」
「ふふ、またよろしくね」
お母様は匠に向かって可愛らしくウインクをしている。さすが魅惑の魔道士。それに“また”壊すつもりなのだろうか。
「もう勘弁してくださいよ〜。次は王城の門も直しに行かなきゃいけないんですから。でも、フェリシア様の作り出す見事な壊れっぷりは直し甲斐があって、職人として腕がなります!」
「王城の門も、お母様のせいだったんですね」
「ふふふ。あ、今回もお花を忘れなかった?」
「がって……もちろんです!」
「お母様、お花って何ですか?」
「スーフェちゃんも、頑張って見つけてみてね」
なんでも、お母様が壊し、匠が修繕した場所には、隠れミッ◯ーのように、フェリシアの花の模様がこっそりと隠れているらしい。
見つけると幸せになれるのだとか。これぞ匠の遊び心である。