ォネエさん、事件です!
「スーフェは、この後どうするの? このまますぐに旅に出るの?」
「うん! できるだけ早く旅に出たいと思ってるんだ。あと、カルに試験に合格したことを伝えに行かなきゃ!」
カルに早く伝えたい。きっと心から喜んでくれるはず。
「カルって、もしかして彼氏さん?」
「ふふ、婚約者なの。とーっても素敵な人なんだよ。今度マリリンにも紹介するね。カルは、まだお誕生日が来てないから、残念ながら試験は受けられないんだ」
けれど、一緒に旅をしてくれるんだ、とわたしは惚気たいだけだったりする。
いつの間にか、わたしとマリリンは意気投合していた。「猫ちゃんが好きな人に悪い人はいない」と思っているわたしにとっては、当然の結果かもしれない。
「よし! ルベは準備できた? カルが心配してるだろうし、そろそろ行こうか!」
「あらぁ〜? ルベちゃんはアタシと一緒に残ってもいいわよ? 誠心誠意アタシが面倒を見てあ・げ・る♡」
「ひぃっ!!」
「もう! ルベ、何回言ったらわかるの? そこは『にゃあっ!!』でしょ? マリリンも、ルベとカルだけは、絶対に譲らないからね!!」
「残念ね。うふふ」
このままでは、折角とっつぁんから逃げ切ったルベが、今度はマリリンに捕まってしまうと思ったわたしは、早々に冒険者ギルドを出ようとした。
すると、突然一人の男性が必死の形相で冒険者ギルドに飛び込んでくるではないか。
「ォネエさん、事件です!!」
わたしは思わずマリリンに叫んでしまった。どうしてか、きっとこれからとんでもない事件に巻き込まれてしまう気がしたから。
「スーフェっ、スーフェはいるか!?」
「あれ? お父様? どうなさいました? もしかして、わたしのことが心配だったんですか? もちろん無事に試験を突破しましたよ」
事件ではなかったことに安堵したわたしは、お父様に自慢げにギルドカードを見せた。お父様はもちろん喜んでくれる。
「おめでとう、スーフェ。さすが自慢の娘だ」
目尻を下げながらわたしの頭を撫でてくれるお父様は、やはり親ばかだ。今頃きっと、何のためにここに来たのか忘れているに違いない。
「どうなさったのですか? スタン様がそんなに慌てるなんて。本当になにか事件でも? まさかフェリシア様が!?」
マリリンの問いに、お父様は本来の目的を思い出したようだ。
「あ、そうだ! スーフェ、一緒に来てくれないか?」
「え? 本当にお母様に何かあったのですか?」
「フェリシアは、大丈夫だよ。フェリシアは」
お母様以外のことで、何かがあったらしいと理解したわたしは、急いでお父様が乗ってきた馬車に乗り込んだ。そして、馬車の中で説明を受けた。
「一体、どうなさったのですか?」
「スーフェ、前にお義父さんの呪いを取ったことがあっただろ?」
わたしはこくりと頷いた。ちなみに、わたしは盗んだとは敢えて言っていない。盗むという言葉が、何となく心象が悪い気がしたからだ。
「まさか、また誰かが呪いにかかってしまったのでしょうか?」
「呪い、ではないと思う。むしろ呪いだと原因が分かっているなら、今度は解呪師を呼べばいいだけだから」
「では、病気ですか?」
病気なら、原因の菌を取り除けばきっと回復できるだろう。さすがに怪我だったら無理だけど。
「それが、病気でもないみたいなんだ。とりあえず、スーフェにその原因が取り除けるかやってほしくて。ただ、極秘事項だから、くれぐれも内密に」
そして、わたしがお父様に連れてこられたのは王城だった。
「王城……」
正直嫌だ。王族とは関わり合いたくない。
どうしてかというと、乙女ゲームの攻略対象者がこの国の王子だから。
「あ、あの、お父様、まさか王子に会ったりはしませんよね?」
「王子殿下かい? ああ、会う予定はないよ。もしかして、スーフェは王子殿下に会いたいのかい?」
「会いたくないです。絶対に無理です。本当にごめんです」
「どうして?」
「え、えっと、カルが、カルが嫉妬しちゃうから。だから、カル以外の男性とはあまりお会いしたくないんです」
「はは、相変わらずカルセドニーくんと仲良しなんだね。父は嬉しいよ。それにカルセドニーくんみたいな息子ができたら鼻が高い」
「ま、お父様ったら、息子だなんて、気が早いんですから。カルセドニー・オルティス、うん、響きも良さそう!」
わたしの妄想は止まらない。
「ところで、どうして、王城の門はこんなに壊れているのですか?」
わたしたちが今まさに通ってきた王城の門は、なぜか崩れていた。
「ああ、ちょっと、いろいろあって……」
お父様の言葉はどうしてか歯切れが悪い。その時、王城の騎士様がお父様の元へ駆け寄ってきた。
「スタン様、至急いらしてください。例の如くフェリシア様が……」
「ああ、申し訳ないね。さあ、急ごう」
「えっ!? やっぱりお母様に何かあったんですか?」
わたしは焦った。さっきから、お母様の名前がちょいちょい出てくるけれど姿が見えない。
わたしはお父様と共にお母様の元へと向かった。そして、王妃様の部屋へと続く廊下にたどり着く。王妃様の部屋の前には、お母様がいた。
けれど、お母様よりも、その周りが気になって仕方がない。
「ここは、王城ですよね?」
なぜか廊下が荒れていた。壁は壊れ、床には穴が空いている。廃墟ではない。王城だ。しかも、王妃様の部屋の前なのに。
「フェリシア、大丈夫かい?」
「あなた、リオナが、リオナが!!」
泣き叫び、取り乱すお母様の姿がそこにあった。その度に、廊下のどこかが壊される。
「おおっと!!」
何かがお母様から放たれた。わたしの足元にも目掛けて、それは放たれる。
「あ、あのお母様、どうなさったのですか? それに、この壁や床は一体……」
「スーフェ、ちゃん?」
お父様に抱きしめられ、少しだけ落ち着きを取り戻したお母様は、ようやくわたしの存在を認識してくれた。
「フェリシアは、限界まで取り乱すと魔力が暴走してしまうんだよ」
「魔力が暴走?」
「リオナ王妃とフェリシアは幼馴染みでね、とても仲が良いんだ。そんなリオナ王妃が苦しんでいる姿を見てから、フェリシアが耐えられなくなってしまってね。フェリシア、もう大丈夫だよ、スーフェを呼んできたから」
「スーフェちゃん、お願い。リオナを助けて」
何やら責任重大だ。
全く何も知らないのに、いきなりお母様から「王妃様を救え」という重大任務が課せられたのだから。
(ォネエさん、やっぱり大事件みたいです!!)