ギルド試験
わたしは試験を受けるため、試験会場となる冒険者ギルドの裏口へと連れて行かれた。
裏口を抜けると闘技場に至る。そこは天井のない吹きっさらし。闘技場という名の空き地だ。
ここでなら、思う存分暴れてもいいとの説明を受けた。
試験の相手には、やっぱりと言うべきか、先ほどわたしに絡んできた男が名乗りを上げた。あるある。
それなりに実力はあるものの、最近では思うように冒険者としての実績が挙げられず、鬱憤が溜まってしまっているらしい。あるある。
その鬱憤を晴らすため、初心者の冒険者にうざ絡みしては、虐めて遊んでいるらしい。あるある。
試験は簡単。相手を倒せばいいだけ。殺すのはご法度だ。制限時間は特に決まってはいない。
試験官が止めの合図をするか、どちらかが降参をして終わることが殆どだという。
結果はもちろん秒殺だった。あるある。
正確に言うと、諸事情により少しだけ時間がかかってしまったのだけれど。
「すみませんでした!!」
ギルド内にいた男たち全員が平謝りしてくれた。試合相手だけでなく、男たち“全員”が。
それもそのはず、わたしは開始の合図とともに、盛大な風魔法を披露した。あるある。
(やっぱり降参させるだけなら、風魔法が一番手っ取り早いだろうな。怪我をされても嫌だし。わたしってば優しいなあ)
試験官はマリリンだった。マリリンの試合開始の合図とともに、竜巻のような突風が、わたしのことを嘲笑っていた男たちを飲み込む。
頭上空高く、ひたすらぐるぐると回る。今も。
かろうじて男たちの叫び声が聞こえてくるけれど、何を言っているかまでは聞こえない。故に、降参しているかどうかも分からない。
だから、わたしは止めない。止められないからだ。
「終わりの合図、まだかな?」
ちらりとマリリンを見た。マリリンが止めの合図をしないと、わたしは勝手に止められない。
「このままじゃ、上の人たち、死んじゃうかもしれないよね?」
かろうじて、まだ声は聞こえる。死んだら困る。わたしは少しだけ、回転数を抑えた。
どうしてマリリンが止めの合図をしないのかというと、それには理由があった。
それは試合開始時に遡る
試合開始の合図と同時に、予期していなかった突風が、マリリンにも襲いかかってしまった。
「きゃあっ!!」
不覚にも、マリリンは乙女な叫び声とともに、目を瞑ってしまった。そして、
「あら? 何とも、ない?」
ゆっくりと目を開けると、マリリンの目の前には、わたしの突風に対抗すべく、同じく風魔法で作られた防壁を使い、勇敢にマリリンを守る一匹の黒猫ちゃんの姿が。
実は試合が始まる前にわたしはルベに、お願いという名の強迫をしていた。
「ルベ、秒で決着つけようと思うんだけど、マリリンのことを守ってあげてね」
「は? それくらい自分でできるだろ?」
「ノンノン。分かってないなあ。マリリンは心は乙女なんだから、守ってもらえたら嬉しいに決まってるでしょ。だから、よろしくね。じゃないと、ルベの心を盗むよ?」
「……チビお前、あれほどガキに止められただろ?」
あれからわたしは、ルベの心を盗めないという、苦行を強いられている。
どんなにもふもふが恋しくても、寒くて湯たんぽ代わりに猫肌が恋しくても、一緒のベッドで眠ることは叶っていない。
「ルベが、か弱い(心が)乙女を守ろうとしなかったから、仕方なく盗んだって言えば、丁度良い言い訳になるじゃない。そうすれば、今晩は祝杯代わりに、もふもふ祭だ!!」
「マジで、チビは最低だな。分かったよ。守ればいいんだろう?」
「ちえっ、残念。もふもふ祭が夢に消えた」
そして今、マリリンを勇敢に守るルベの姿は、胸きゅん必須だ。
尻尾をピンと伸ばし、凛としたその佇まい、漆黒の毛並みはカルに撫でられまくったおかげか、より艶々と輝きを増し、元魔王の風格も増し増しに感じさせるほど。
心は乙女なマリリンは、見事にルベに心を盗まれていた。
堪らず、わたしはルベに叫んだ
「ルベ、あれほどわたしには心を盗むなって言っておいて、どうして自分だけマリリンの心を盗んでるのよ! 最低!!」
「ば、ばか、チビ。俺にチビみたいな【盗】のスキルはねえよ。だから心なんて盗んでねえよ」
けれど、人目見ればそれは明らかだった。
マリリンの目はハートになって、一心にルベを見つめている。ポーッとしていて、心ここに在らずな状態だ。
だから、一向に試合終了の合図がかからなかったみたい。
急遽、ギルド内から、トレンチコートを着た職員が走ってきて、試合終了の合図をかけてくれた。
もちろんわたしの勝ちである。けれど、わたしは喜んではいられなかった。
「と、とっつぁ〜ん!! 大変! ルベ逃げて!!」
怪盗にゃパンのルベを逃すため、わたしは大声で叫ばなければいけなかったから。