冒険者ギルド
「やったあ! 念願の“ギルドカード“ついにゲットだぜ!!」
わたしは冒険者ギルドで発行されるギルドカードを高々と掲げ、喜びに胸を躍らせた。
今日はわたしの12歳の誕生日。冒険者になるための試験が受けられる日だ。もちろんすぐに受けに行き、見事に登録を認められた。
「スフェーン様は、とてもお強いんですね」
冒険者ギルドの受付で、冒険者ギルドの説明をしてくれている受付の人が、わたしを褒めてくれた。
「スーフェでいいよ。冒険者になったら貴族とか関係ないでしょ? わたしもそう呼ばれた方が嬉しいし!」
忘れてはいけない、ここは乙女ゲームの世界だということを。
だから、わたしはできるだけ乙女ゲームとは違う状況に自分を追い込みたい。敢えてみんなにスーフェと呼んでもらっている。
今のところ、わたしのことをスフェーンと呼ぶのは、フルーヴ伯爵家の双子だけ。あの二人だけは、なぜか頑なにスフェーンと呼ぶ。
これがゲームの強制力の仕業なのかと思うと、わたしは腹ただしくて仕方がなかった。
「じゃあ、お言葉に甘えて。スーフェ、これからもよろしく。俺は……」
「ふふ、よろしくね、マリリン!」
マリリンは少し驚きながらも、嬉しそうに「うふふ」と笑った。
「本当に見かけによらず、凄いのね」
「見かけによらないのは、マリリンじゃん! わたし、マリリンと一緒におしゃれを楽しみたいな。あ! お化粧が苦手だから、マリリンに教えて貰いたい!! マリリン絶対にお化粧するの上手でしょ?」
「まあ、本当によく気付いたわね。アタシのことを完璧に見破ったのはあなたが初めてよ」
マリリンの口調が明らかに変わった。
この受付にいるマリリンは、本名をマリオという。名札にもそう書いてある。
背も高く、屈強な身体つきで、髪はオールバックにし後ろで一つに束ねている。敢えて言うなら、見た目は完全に男だった。
「悔しいことに、先に気付いたのはルベだよ。ね、ルベ」
「……何となく、だ」
「まあ、ルベちゃんったら! あなたが人間だったら間違いなくアタシはあなたに惚れちゃうわ!!」
「ひぃっ!!」
ルベはブルッと身震いし、全身の毛が逆立っている。貞操の危機が再びルベを襲っているから。
「でも、初めにスーフェがここに入ってきた時は、本当に入るお店を間違えたんだと思ったわ」
そう。わたしが冒険者ギルドに入ってきた時、例に漏れず、ラノベあるあるが始まったのだから。
******
「頼もぉ!!」
わたしは冒険者ギルドに入るなり、大声で叫んだ。明らかに場違いな叫びだったと思う。
叫び声だけじゃない。わたし自体が場違いだっただろうに。
どこからどう見ても、わたしは良いところの御令嬢。透き通るような声に、見た目だけはやっぱり美しく育った。
そして少しでも大きく見えるように、嫌がるルベに頭の上に乗ってもらっている。それが余計に場違い感を助長していた。
「お嬢ちゃん、入る店を間違えてるんじゃないのかい」
にやにやとした柄の悪い男がわたしに声をかけてきた。やっぱりすでにラノベあるあるが始まっているらしい。
「わたし、冒険者になるために来ました!」
わたしの言葉に、一瞬ギルド内が静かになった。そして、ドッと笑いが起きる。あるある。
「よくある光景だな。きっとわたし、この後誰かに絡まれるんだよね」
「なんだそりゃ」
「ラノベあるあるだよ。前世のライトノベルって部類の物語の中で、可愛い女の子が冒険者になろうとすると、必ず絡まれるっていうお決まりのやつ」
前世のラノベを思い出して、わたしはルベに言う。自分で可愛いと言っちゃうところが、まさにわたしらしい。
「嬢ちゃん、やめときな。嬢ちゃんじゃ、何もできねーで終わっちまうぞ」
「わたし、今日で12歳になったので大丈夫!」
わたしは心の中で思った。
(こいつがわたしが倒すことになる相手か。弱そうだな。でも、人は見かけによらないって言うしね。油断は禁物だね)
すると、奥から屈強なお兄さんがわたしの元へとやってきた。それがマリリンでだった。
「試験を受けるの? せっかく可愛らしく生まれたのに?」
「うん!」
「そう。じゃあ、まずはこれを記載してください」
マリリンは、少しだけ寂しそうな顔をしながらも、わたしを全く見た目で判断せずに接してくれた。
わたしの中で好感度が爆上がりした瞬間だった。
「ねえルベ、このお兄さんめちゃくちゃいい人じゃない?」
「……お兄さんではない。お姉さんでもないけど」
「へ? ルベ、何を言ってるの?」
「チビ、お前まだ見てないのか? 書いてあるから見てみろ」
わたしは、失礼だと思いながらも、ステータスを盗み見た。鑑定だとできないかもしれないと思って、はじめから盗み見た。
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マリオ・ルーイジ 男 『心は乙女』
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(やっべ、色々と気になる。え、何? マリオなの? ルイージなの? いや、違う、ルーイジだ)
わたしの頭の中は、男でも女でもなく、ブロックを叩き、キノコやカメを踏む「赤のMと緑のL」で埋め尽くされた。
マリオ・ルーイジさんが、少しだけ席を離れた瞬間、わたしはルベに尋ねた。
「ねえ、ルベも鑑定したの?」
「知らない相手を鑑定するのは基本だからな。しかも『心は乙女』って日本語ってヤツだろ?」
「ルベはすごいね。もう日本語を漢字まで読めるようになったんだ!」
ルベはコックス村にいた時に、あまりにも暇だということで、わたしから日本語を覚え始めた。
わたしのステータスに自分には読むことのできない『転生者』『悪役令嬢』と言う文字があることが、よほど悔しかったらしい。
勉強熱心な黒猫ちゃんを生徒に持ったわたしは喜んで教えた。
こちらも忘れてはいけない。わたしの前世は国語の教師になりたかったということを。いや、こちらは忘れてもいいと思う。
「それならきっと、それほど切に願うくらい、心は乙女なんだね。じゃあ、女性として接しよう! 名前は、うん、マリリンがいいな」
マリオだと「赤のM」がチラつく。だからと言って、ルーイジだと「緑のL」がちらつく上に、ルイージと間違えそうだったから、わたしは勝手にあだ名を決めた。
「でも、どうしてわざわざ日本語で書いてあるんだろうね?」
それはきっと、乙女ゲームに多少なりとも関係する人物だから。その答えが出る前に、わたしたちのもとへマリリンが戻ってきた。
「ケガには気をつけてね。せっかく可愛らしく生まれることができたのだから」
「ありがとうございます!」
マリリンの言葉に、わたしは胸を締め付けられた。
心は乙女だと判明した今、マリリンのその言葉の意味が、わたしの心に深く突き刺さったから。
そして今、試験が始まろうとしている。