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黒猫従魔と旅に出る。  作者: 海伶
第二章
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猫嫌い

 どうしようも何もなかった。答えは決まりきっているのだから。


「無理に決まってるじゃない。わたしには大好きな婚約者様がいるもの」


 ズバッっと一刀両断だ。いっそ清々しいくらい。


(いくらカルが会いに来てくれるかもしれないからって、浮気なんて絶対にだめだもの。それに悪いことしてる時って、大抵誰かが見てるものだって言うしね)


「どうしてじゃ? お前、俺のこと……って呼んだじゃけえ?」

「は?」


 よく聞こえなかったのか、わたしの耳が聞くことを拒否したのか、おそらくどちらもだと思う。


 わなわなと震えながら、領主の息子は真っ赤になって叫んだ。


「お前、俺のこと、ダーリンって呼んだじゃけえ!!」

「ああ、確かに呼んだかも」


 相変わらずの塩対応。けれど、あれはモノマネだ。ダーリンという言葉になんの意味もない。


「だったら……」

「でも、仮にそういう関係になったとしても、わたしとあなたでは絶対にうまくいかないよ?」

「どうしてじゃ?」」


 領主の息子は首を傾げた。


 まだ出会って間もないのに、なぜそんなことが分かるのか、と。俺の何を知っているのか、と。


「だって、わたし猫ちゃんが大好きで、猫ちゃんのいない生活なんて、絶対に考えられないもの」

「なに!?」


 領主の息子は「猫」という単語を聞いただけで、明らかな拒否反応を示した。徐に、身体中を掻き掻きぽりぽり。


(もしかして……もしそうなら、やっぱり今のうちに諦めてもらおう。命に関わったら大変だもの。それに、思わせぶりな態度とか、二股なんて絶対にあり得ないし)


 そうと決まれば、即行動。わたしはルベを呼んだ。


「ルベ〜! おいで〜!!」


 ルベはいつも通り華麗にスタッっとわたしの足もとに現れた。


 先ほど、領主の息子がわたしに近づいてきた瞬間に慌てて逃げて、近くで様子を窺っていたのだ。


「くっしゅん、うわっ、くっしゅん、猫じゃ、くっしゅん」


 わたしは確信した。ルベが現れた途端に、くしゃみをし始める領主の息子を見て、間違いないと。


(猫アレルギーか、体質的なものなら仕方がないんだよね。きっと小さい頃に猫アレルギーが発症して、生死が危ぶまれたことがあったんだね……)


 わたしは、領主の息子が猫ちゃんが恐怖だと思う理由は、過去のトラウマだろうと納得した。


 それでも、領主の息子は逃げずにわたしに真正面から立ち向かう。できるだけルベをその視界に入れないように、細心の注意を払いながら。


「スーフェ、くしゅん。俺の婚約者に、はっくっしゅん!!」


 一生懸命に猫アレルギーと戦おうとする、領主の息子の健気な姿を見たルベは、さすがに不憫に思えてならなかったらしい。


 故に、領主の息子の肩を持つ。


「チビ、お前、本当に見境ないな」

「まあ、失礼しちゃう。わたしの想い人はカルだけだよ。もちろんルベも大好きだから、きちんとお断りをしたところなんだから。それに、ルベを見れば諦めてくれると思ったの。でも諦めが悪いみたいだね。ルベ、もう一度向こうで待っててくれる? それとも……」


 わたしが抱っこしてあげようか、とわたしはルベを抱き上げようとした。もちろんルベは逃げる。


 逃げた先は、領主の息子の足もとだ。堪らず領主の息子は叫び声をあげた。


「ね、猫!? 死ぬ!! 殺されるっ!! はっくしゅん!!」

「命に関わったらさすがに大変だから、やっぱりルベは向こうで待っててね」


 ルベも素直にその場を離れた。


 領主の息子には、わたしを口説く気力も体力も残っていない。けれど、今ここで諦めたら試合は終了してしまう。


 領主の息子は、涙ながらに最後の悪足掻きを申し出る。悲しいんじゃなくて、目が痒いらしい。


「せ、せめて、最後にもう一度だけ……と呼んでくれ」


 涙ながらのリクエストに、わたしは意気揚々と準備に入る。


 実は、修行の合間にモノマネの練習もしていた。その成果を披露するのにちょうど良い。それに、レパートリーも少しだけ増えたし。


「では、披露させていただきます。……ダーリン、バイちゃ!」


(ん? ア◯レちゃんが混ざっちゃった! けれど、上手くできたから、まあいっか! うほほーい!)


 そうして、領主の息子の儚い恋は見事に砕け散った。


「なんか可哀想な気もするから、そのうち、猫アレルギーの原因でも盗んであげようかな。猫ちゃんと遊べない人生なんて、わたしだったら耐えられないもの」


 その様子も近くで見ていたルベは言う。


「チビ、今起きたことは絶対にあのガキには言うなよ。俺が八つ当たりされそうだ」

「カルに? カルは優しいから八つ当たりなんてするわけないじゃない。カル元気かな? 会いたいなあ」

「呼んだ?」


 わたしの願いが届いたのか、突然カルが現れた。もちろんわたしは満面の笑みを浮かべて喜んだ。


「カル!? どうしたの?」

「手紙に書いたでしょ? お仕置きしに来たんだよ」

「ふふ、カルったら、冗談が上手いんだから! カルに会えて嬉しいな! ずっと会いたかったんだから!」


 もちろん、カルは転移魔法が使えないから、時間をかけて馬車で来た。


 時間をかけてでも会いに来てくれたことが、わたしにとって、これ以上にないくらい愛を感じて嬉しさが爆発する。


 けれど、カルの様子はおかしい。しかも、わたしに何を聞いても無駄なことが分かっているらしい。だから、わたしではなくルベに問う。


「それで『何を』僕には言わないつもりなの?」


 カルが不穏な笑みを浮かべた。一瞬にして、ルベは固まった。逃げようとしても、もう手遅れらしい。


 すでにカルの手が、ルベを撫で始めてしまっていたから……






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