猫一倍
世界一くだらない勝負も無事に終わり、今度こそ本格的な修行がはじまった。
身体強化のやり方も、今まで一度も握ったことのなかった剣も、目で見て盗んで難なく体得し、わたしは冒険者として申し分ないほどの成長を遂げた。
魔物の特性や効果的な戦い方についても、お祖父様からみっちりと教えを受け、とても勉強になった。
「スーフェちゃん、本気で冒険者になりたいなら、魔物くらいは倒せるようになるんじゃ」
「致しません」
「無駄な殺生をしろと言っているわけではないんじゃ。何かあった時のためじゃ」
「何かあった時のため、ですか?」
「そうじゃ。魔物と戦ったことがあるという経験がなければ、いざという時に思うように体が動かん。自分だけの旅なら逃げればいいんじゃが、誰かと一緒の時に、その誰かを見捨てることになってしまうかもしれない。そんなことをスーフェちゃんにしてほしくないんじゃ。それでスーフェちゃんが傷付くのは目に見えておる」
「……そうかもしれませんね」
わたしは自分の考えを改めた。
ルベも転移魔法が使えるし、やばい時は逃げればいいと思っていた。けれど、カルとも一緒に旅がしたい。カルのことを見殺しになんて絶対にしたくない。
お祖父様の言っていることは一理ある、と。
(前世基準で物事を考えてはいけないのね。ここは、魔物もいるし、魔法や呪術だってある。何が起こるか分からない異世界なんだから)
「分かりました。わたしやります!」
ということで、わたしも少しだけ魔物とも戦った。
正直言って二度と戦いたくはない。生きてるものを殺す感触、もう二度と味わいたくはない。
だからこそ、命の尊さを思い知らされ、むやみに命を奪うことの残虐さ、命を粗末にすることの愚かさを知り、迫り来る死にも抗うことさえできる気がした。
もちろん、無駄な殺生はしないという言葉通り、戦った魔物は誰かのお腹の中に入るという。
ただ、魔物の解体だけは断固として拒否した。
(ふう、今日は疲れたわ。今夜は、ルベに添い寝してもらおう。ルベに癒されよう)
わたしの心的負担は大きかった。けれど、冒険者になることは諦めたくなかった。
だからこそ、いつも以上に心の癒しを求めた。
そのわたしの癒し、ルベとのその後の関係は、というと……
デレデレのルベの可愛さに味をしめたわたしは、隙あらばルベの心を盗もうとした。
「ルベ、おいで〜!!」
「……何か用か?」
目に見えるほどの警戒心と共に、ルベがわたしの前に姿を現した。
全身の毛を逆立てて、ひとまわり大きく見せようとする仕草は、むしろわたしの心を鷲掴みにした。
「ルベ、可愛すぎなんだけど!! どうしてそんなにわたしから離れようとするの? もっとこっちにおいでよ!」
「嫌だ。チビ、お前はまた盗むつもりだろ?」
シャーッと威嚇しようとするルベの仕草はやっぱりわたしには逆効果。
「そんなことするわけ……」
口ではそう言いつつも、にやにやとしながらゆっくりとわたしはルベに近づく。そろりそろり。
「!?」
「チッ、逃げられたか」
はじめのうちはすぐに逃げられた。けれど、そのうち転移魔法を駆使して奇襲攻撃を仕掛けたり、独学で気配を消してルベの捕獲を試みた。
最終的には、【盗】のスキルを使ってルベの目を盗み、さらに、盗み足で近づき捕獲するという方法を編み出した。
ようは、ルベの目を盗めるほど完璧に気配を消して、ルベに全く気付かれないように近づき、そして抱きつくことに成功した。
(神様のくれた特別なスキルって、やっぱり超チートだね!)
今朝もチュンチュンと小鳥が囀る中、ベッドの上でルベに盗んだ心を返したところだ。
「……チビ、お願いだ、もう許してくれ」
「え? 嫌だよ。だって、ルベ可愛いんだもの。わたしはまだまだ物足りないんだからね。今からもう一回? それとも今晩がいい?」
ルベの願いは一蹴された。
なんだかベッドの上で、というとちょっとあれな会話にも聞こえる。
けれど、ただ単に、わたしの隣で、黒い毛並みのもふもふが寝ていただけ。心を盗むのをいつにするか、聞いただけのこと。
「でも、そうだなあ。もっとわたしの側にいてくれたら、心を盗む頻度は減らすよ。本当はわたしだって盗むのは良くないと思ってるんだよ? でも、ルベ成分が足りないから、求めちゃうんだもん」
「……分かった。チビとできるだけ行動を共にする」
渋々ルベは了承した。他に選択の余地はなかったから。
そもそもわたしに呼ばれても来なければいいのに、と思うかもしれないが、そう甘くはない。
わたしは転移魔法で追いかけるつもりだ。絶対に逃がさない。
修行を積んだわたしは、ルベの気配を探り、遠くに居てもどこにいるのか分かるようになっていた。
ただ、人一倍、猫一倍、貞操観念があるらしいルベは、わたしの婚約者のカルに申し訳ないという気持ちでいっぱいらしい。
それからは、ルベはわたしのすぐ側で共に過ごすことが当たり前になっていった。
「ルベ、今日は一緒に村に行こう! 美味しいミルクを買いに行こうよ!!」
「嫌……じゃない。行く」
「ふふ、ルベとお買い物、嬉しいな〜!!」
(ルベと一緒にお買い物に行ける日が来るなんて、カルと会えないのは寂しいけれど、コックス村に来てよかったな〜!!)
「あ、そうだ! カルから手紙が来たんだよ。『浮気したらすぐにお仕置きしに行くからね』だって! わたしが浮気をするはずないじゃないね」
「……チビの頭の中は本当にめでたいな」
「それに、浮気したらすぐにお仕置きしに行くってことは、浮気すれば会いに来てくれるってことでしょ? 逆に浮気したくなっちゃうじゃんね」
「それならきっと、もうすぐガキは来るんじゃないのか?」
どうしてか、哀愁漂うルベがそんなことを言い始めた。
「えぇっ!? わたし浮気してないもん。でも来てくれたら嬉しいな!」
「チビの頭の中はお花畑で、本当に羨ましいよ」
はあっと、わざとらしくため息を吐くルベから、じとりとした視線を感じたと思ったら、ちょうどコックス村に着いた。
すると、わたしの目の前に一人の少年が立ちはだかった。
その少年とは、わたしが村に来るのを、今か今かと待っていた領主の息子だった。
「スーフェ! お前を俺の婚約者にしてやるじゃけえ!!」
いきなり婚約を申し込まれた。かなり上から目線だったけれど。
今後もコックス村で過ごすためには、今ここで逃げることは得策ではない。それに、浮気をすればカルが来てくれるかもしれない。
(どうしよう……)