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黒猫従魔と旅に出る。  作者: 海伶
第二章
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一夜の過ち

 お祖父様との勝負に際し、実はとっておきの秘策があった。


 それは昨夜の出来事に遡る。



「ねえ、ルベ! ちょっと来て!!」


 いつも通り、わたしはルベを部屋に呼んだ。


 コックス村のミルクをお気に召したルベは、いつも以上にすぐに来てくれる。


「なんだよ? チビ、お前本当にばかだな。どうしようもない勝負を、あのじじいとやる約束をしてたな。お前みたいなチビに、男を誑かすことなんてできるわけないだろ?」


 ルベがどうしてその話を知っているのかというと、お祖父様とのやりとりを隠れて見ていたらしい。


「ふふ、ルベは本当にそう思う?」

「ああ」

「わたしが本気になれば、ルベのことだって、夢中にさせられるんだからね!」

「ふっ」


 ルベはわたしのことを馬鹿にしたような顔で吹き出した。可愛いけれど、やっぱり少しだけイラッとした。


 だから、すかさずルベを抱きしめた。


「ルベの心を盗む!!」

「!?」


 わたしのとっておきの秘策が、油断していたルベに繰り出された。実をいうと、この必殺技を試すために、契約を明日にしてもらったのだから。


 必殺技--それは、相手の心を盗むこと。


 トレンチコートのよく似合うあのお方の、あの名言が思い出される。


「ヤツはとんでもないものを盗んでいきました。あなたの心です」


 そう、わたしはとんでもないものを盗みました。ルベの心です。


 もちろん【盗】のスキルで。


 心を盗まれたルベは今……めちゃくちゃわたしに甘えてくれている。わたしはもうメロメロだった。


「可愛い、可愛すぎるよ! ルベ〜!!」


 わたしに抱きしめられているルベは、普通ならば絶対にやらないであろう行動を、わたしにしてくれている。


 わたしの頬に、すりすりと顔を擦り寄せているのだから。


 このルベの仕草に、わたしの猫ちゃんばかは、大爆発。


「ルベ! 大好き! 愛してる!!」


 わたしは幸せだった。


 これが心を盗んだことで生じた偽りの愛、魅了に似た魔法の力だとしても。例え、相手の心が伴っていなかったとしても。


「幸せすぎて、キュン死にしそう!!」


 一度味わってしまったこの高揚感は、きっともう抜け出せないと思う。


 それからわたしは、思う存分ルベを愛でた。


「ふふ、擽ったいよ、ルベったら!」


 ルベは構わずペロっとわたしの唇を舐めた。


 ルベがただの猫ちゃんだったなら、この行為に何も問題はなかったのだけれど……


 わたしはまだ、気付いていない。



 その夜、いつもはツンとしたルベの、デレっとした姿を堪能した。


「ルベ、今日はもちろん一緒に寝てくれるよね?」


 わたしの言葉に、ルベ自らわたしの隣に来てくれて、丸くなってくれる。


 あろうことか、一緒のベッドで寝てしまった。一夜を共にしてしまったのだ。



 朝になり、鳥さんたちのチュンチュンという囀りで目が覚めたわたしは、ようやくルベに盗んだ心を返した。


「にゃにしやがったぁぁぁ!!」


 その瞬間、正気に戻ったルベが真っ赤になって怒りだした。心を盗まれている間の記憶はあるようだ。


「ち、チビ、お前、自分が何したか分かってるんか!?」

「うん! 大成功だね」


 わたしは心を盗むことはできると思っていた。


 けれど、きちんと元に戻る自信がなかったので、ぶっつけ本番をする前に、一度ルベで試してみたかったのだ。


 本当ならすぐに盗んだ心は返すつもりだった。けれど、あまりのルベの可愛さに、心を返すことを躊躇ってしまった。


 死んでも治らなかった猫ちゃんばかは、自制心も見事に突破した。


 同じベッドで、もふもふが寝ているという幸せ、これ以上にない至福の時間だった。


「ばか、チビ、お前、本当に信じられない。嫁入り前で婚約者もいるのに。お前の貞操観念はどうかしてる!!」


 ルベが今も真っ赤な顔をしながら怒り、狼狽えている。


 コックス村の人たちは貞操観念がおかしい、というセリフを言っていたはずなのに、今度は同じようなことをルベに言われている。


「ルベったら、どうしたの? 猫ちゃんと一緒に寝るなんて普通のことじゃない?」


 普通の猫ちゃんとなら……


「猫、猫じゃ……ああ、もう俺は知らん!!」


 取り乱すルベに、わたしはさらに追い討ちをかける。


「ルベ、めちゃくちゃ可愛っかったよ。わたしの頬にすりすりしてくるし、チューまでしてきたんだから! わたしのファーストキスの相手はルベだよ。なんちゃって!」

「!?」

「ふふ、照れてるの? 一緒のベッドでいっぱいもふもふしながら抱きついて寝たし、一夜を一緒に明かしたのも初めてだね。わたし幸せだよ。また一緒に寝ようね。そうだ! 今度は一緒にお風呂に入ろうよ!」

「ぜ、ぜ、ぜ、絶対に、絶対に、あのガキには言うなよ!!」


 ルベはミルクも飲まずに逃げるように去って行った。


「ルベったら、照れちゃって。よーし! 【盗】のスキルも使えるみたいだし、これで今日の勝負は余裕だね。祝杯が代わりに今夜もルベのもふもふを堪能しようっと!」


 被害猫ちゃんの苦悩は、当分の間続くことになりそうだ。






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