契約魔法
「まずは、契約内容の確認じゃ」
翌朝、わたしとお祖父様は、約束通り、勝負をする前に契約魔法を交わしていた。
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ファーガス・オルティス
スフェーン・オルティス
両者のうちコックス村でより多くの異性の心を奪った方が勝者とする。時計広場により多くの異性を集め、その数を競い合い、勝敗を判定する。
制限時間は◯年△月□日10時から12時までの二時間。
負けた方は「ギャフン」と言うこと。
但し、ファーガスが負けた際には、スフェーンの言うことを何でも一つ聞くこと、を追加する。
勝敗は、決着がつき次第、この書面にその名が記載される。
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「はい。これでいいですよ。そもそも、どうしてお祖父様は契約魔法が使えるのでしょうか?」
ふと、わたしは疑問に思ったことを問いかけた。
契約魔法は図書館の本にも記載されていない魔法だ。生まれつきなのか、特別な方法で魔法を習得できるのか。
「特別に教えてあげよう。昔、旅をしている時に、偶然ウルフの群れに襲われそうになっていたチビっ子を、我が身を挺して助けたんじゃ。格好良いじゃろ?」
「大丈夫だったんですか? それにそのエピソードのどこに契約魔法と関係が?」
「わしは運良く大丈夫だったんじゃ。というか、そのわしが助けたチビっ子が、『ここは僕の作った世界だから、僕のせいで死んだんじゃ、あまりにも君が可哀想だ。だから今回だけは生き返らせてあげる』って言ってきたんじゃ」
「んんっ?」
何となく聞いたことのある台詞が聞こえてきた気がする。でも、気のせいだと思いたい。
「不思議な子じゃったのう。ただチビっ子の割にとてもきれいな子じゃったから、将来有望だと思って助けたんじゃがな」
「下心満載な上に見境ないですね。しかも、一度死んでるんですか? 馬鹿は死ななきゃ治らないって言葉は嘘なんですね」
馬鹿は死ななきゃ治らない、は嘘。
わたしも一度は死んだ身だ。けれど、前世のわたしの猫ちゃんばかも、やはり治ってはいなかったのだから。
「そしたら『僕は神様だから、愛人にはなれないけれど、助けてくれたお礼に何か願いを叶えてあげる。だって、僕は神様だから』って言うもんじゃから『なら、わしが女に恵まれて、かつトラブルにならない魔法でも授けてみてくれ』ってお願いしたんじゃ」
「……それに似たエピソードを、きっとわたしは知っている」
何となく予想がついてしまった。きっと、気のせいではないと思う。
「そしたら契約魔法と百戦錬磨のスキルをくれたんじゃ」
「間違いなく、そのチビっ子はあのチョロ神ですね。昔からその辺をちょろちょろとしていたんですか? しかも、相変わらずチョロすぎじゃないですか!」
----僕はチョロくない!!
そんな声が聞こえた気がしたけれど、わたしはもちろん無視をした。
「では、気を取り直して契約魔法を行う。痛くて申し訳ないが、血を一滴ここに垂らしておくれ」
「はい」
わたしとお祖父様は、契約内容が書かれた紙にそれぞれ一滴ずつ血を垂らした。
そして、お祖父様が契約魔法を使う。
契約書の書面の文字が光り、浮かび上がって、そして消えた。
「契約成立じゃ」
お祖父様はドヤッとした顔でわたしを見た。わたしはそんなお祖父様に、にこりと微笑む。内心では、
(契約魔法ゲットだぜ!!)
小躍りして喜んでいた。
「お祖父様、消えちゃった契約内容は、どのようにして確認すればいいのでしょうか?」
「ああ、ここに魔力を込めれば見れるんじゃ」
契約書にお祖父様が魔力を込めると、先ほど交わした契約内容が浮かび上がってきた。
「血を交わした者の魔力にしか反応しないんじゃ。契約者同士にしか見れないから、秘密の契約にも便利なんじゃ」
「なるほど、それで数々の愛人と契約をして、どれだけ女遊びが酷くてもトラブル知らずだったんですね」
「そうそう」
大きく頷いたお祖父様は、しまったと気付く。
「本当に最低」
わたしは軽蔑の眼差しをお祖父様に浴びせた。
「コホンっ、もし、他人にもこの契約書を見ることができるようにしたければ、その旨を契約書に記載しておけば良い」
「魔力がない場合はどうするのですか?」
「スタンのように魔力がない者の場合は、魔力の代わりに血で補えるんじゃ」
「もし、契約違反をした場合はどうなりますか?」
「契約違反に関しては、あらかじめ、違反した場合について記載しておくと便利じゃ。契約違反をしたら死ぬ、とういう契約なら、違反した時点で死ぬんじゃ。契約違反をしているかどうかを知りたい時も、あらかじめその旨を記載しておけば、記載された方法で教えてくれる。他にも、事前にどうしたいかを記載しておけばその通りになる。今回は、勝敗が決まった瞬間に、契約書に名前が記されるようにしておるからな」
「へえ〜、契約魔法って本格的ですごいですね」
(どうにかこの契約魔法を使って、乙女ゲームから逃げる道はないのかな? 絶対に何があっても断罪はしない契約を結ぶ、とか)
結局は、旅に出て関わり合いにならない方がいいだろう、とわたしは結論づけた。
「制限時間は、10時から12時までの間じゃ。お昼ご飯を口実に誘えば、うぶなスーフェちゃんでも、異性を誘いやすいじゃろ」
(ふぉっふぉっふぉ、スーフェちゃんは知らないみたいじゃな。コックス村には男性より女性の方が人数が多いということを。即ち、どんなにスーフェちゃんが頑張っても、絶対にわしには勝てないんじゃ)
表情には出さないものの、心の中でほくそ笑むお祖父様は、全く気付いていなかった。
今のお祖父様の心の声も、わたしが盗み聞きしているということを。
(本当にこのくそエロじじい最低だよ。でも、わたしが勝算のない勝負をするはずがないじゃない! 何のために勝負を今日に延ばしたと思ってるのよ。それくらい想定の範囲内なんだから!)
バチバチっと火花を散らす中、世界一くだらない勝負の幕が開けてしまった。