百戦錬磨
「お祖父様! 今日こそは、徹底的に訓練をするんですからね!」
今日も村へ行こうとするお祖父様の前に立ちはだかり、声高々に宣言した。
「そもそもスーフェちゃんは、どうして冒険者になりたいんじゃ?」
「どうして、って……」
(悪役令嬢の役割をボイコットするため、に決まってるじゃない!)
けれど、そんなこと言えるわけがない。信じてもらえないことくらい分かっている。
だから、模範解答とも呼べるそれらしい理由を、わたしは自信満々に答えた。
「わたしは、世の中の知らないことを知りたいんです。そして、あわよくば美味しい食べ物を食べ、なおかつ、いろんな魔法を(盗み)見たいと思っています」
言い終えたわたしは、もちろんドヤ顔だ。
「そんな覚悟じゃ、冒険者にはなれんぞ」
冒険者の先輩として、お祖父様は苦言を呈する。もちろん納得のいかないわたしは反論をする。
「わたしの実力も見ずに、そんなことを言わないでください!!」
「なんじゃ、それならこの岩を自分に襲ってくる魔物だと思って、魔法を使うんじゃ。話はそれから……」
----ドッカーンっ
お祖父様は言葉を失っていた。顎が外れるんじゃないかというほど、ポカーンと開いた口が塞がっていない。
目の前にあった、半径3メートルくらいの大きな岩の塊は今、見るも無惨なほど粉々で砂利のようになっている。
「えへへ、魔物を殺したら可哀想だと思って、すごく手加減したつもりだったのに、おかしいなあ〜」
わたしは、てへっと笑いつつも、わざとらしく舌を出す。てへぺろだ。
「え、いや、まあ、これくらい誰にでもできる、のか? ……わしが教えることなんて、きっとないじゃろう」
「そんなことありません! わたしにはまだ知らないことや、できないことが多すぎますから」
謙虚な姿勢を見せるわたし。そんなわたしに、お祖父様は問う。
「魔物を殺す訓練は」
「致しません」
(だって、魔物を殺すとか可哀想じゃない。危害を加えるような魔物なら仕方がないかもしれないけれど、それに、いざという時はルベにやってもらうつもりだし)
「魔物を解体する訓練は」
「致しません」
(わたしのアイテム袋は、時間停止機能付きの無限収納だから、そのままポイっとすればいいしべ! そして冒険者ギルドにポイっと丸投げするんだから)
「わしの愛人の隠蔽工作は」
「絶対に致しません!!」
(本当にくそじじいだな。って、おお!? 何となく、今までのやりとりに聞き覚えがある気がする!)
わたしの頭の中で、大好きだったドラマのタイトルコールが流れた--冒険者X
「やっぱり、もうやることはないじゃろ?」
「ありますってば! もういいです。勝手に見させていただきますからねっ!!」
痺れを切らしたわたしは、お祖父様のステータスを鑑定することにした。
「スーフェちゃんは鑑定もできるのか? だが、鑑定は自分より魔力が高い相手には使えないぞ。さすがに……」
「まあ、お祖父様ったら! 本当に伝説の勇者の称号がついているんですね! それに、スキルに百戦錬磨、身体強化。魔法には四大属性魔法に契約魔法! 契約魔法って、図書館の本には載ってませんでしたよ?」
難なくお祖父様のステータスを鑑定することができた。もし鑑定ができなくても、【盗】のスキルを使って、盗み見るつもりだったけれど。
「わしの長年の冒険者人生で培った魔力が……」
さすがにお祖父様もがっくりと肩を落とした。そして、いろいろと諦めたらしい。
「図書館の本は勉強にはなるんじゃが、この世の全てではないんじゃ。世の中には知らない魔法がたくさんあるんじゃ。わしにかけられておった魔術もそうじゃ。わしも魔術に関しては一度だけ魔術師の隠れ里で聞いとったが、まさか隠れ里から外に出てるやつがおるなんてな」
「えっ、それならさっさと、その魔術師の隠れ里に解呪しに行けばよかったのでは?」
「あんなとこ二度と行くもんか! わし一人じゃ、それこそ死んでしまうわっ!!」
「そ、そうなんですね」
本当に大変だったらしい。わたしは後日、魔術師の隠れ里に行くまでの辛い道のりを聞かされた。もちろん右から左へと聞き流したけれど。
「それにしても、まさかスーフェちゃんの方が、わしよりも魔力が高いとは、ショックで今にも倒れそうじゃ」
「あ! 百戦錬磨って何ですか? 格好良さそうですね!」
(秘技、話題転換の術!)
お祖父様に詮索される前に、うまく話題を逸らすことにした。
(前世とか神様とかルベのこととか、色々と面倒だしね)
そんなわたしの思惑通り、お祖父様は百戦錬磨のスキルについて説明してくれる。
「おおっ、お目が高いな。それは本当に良いスキルじゃ。狙った獲物は逃さない」
「まあ! これで凶暴な敵に立ち向かっていったんですね!!」
「ああ、どんな手強い相手でも、わしの手にかかれば、あっという間じゃ」
「相手? 敵じゃなくて? でもまあ、どんな相手がいたんですか?」
「聞きたいか!? そうじゃのう、グラマラスなガブリエラちゃんに、泣きぼくろのセクシーなヒラリーちゃん。おおっ! どこぞの王族の婚約者候補の令嬢に惚れられた時には、さすがに困ったもんじゃった。まっ、このスキルがなくても、わしにかかれば、どんな女性も選り取り見取りじゃがな」
「どこまでも最低ですね。エロじじい」
わたしとお祖父様の思う百戦錬磨を使う対象が違った。
「なんじゃと!? 男の浪漫じゃ!!」
「女の敵です!! エロじじい!!」
(あれ? この会話にも聞き覚えが……)
わたしの頭の中にフルーヴ伯爵家の双子の顔が……
(気のせいかしら? うん、気のせいね)
一ミリも思い浮かぶことはなかった。
「さっきからエロじじいとはなんじゃ。さては、スーフェちゃんはモテないから僻んでるのか?」
「失礼な!! わたしにだって、カルセドニー様という素敵な婚約者がいるんですからね!!」
「そいつだけか? モテない女の妬み僻みは見苦しいぞ」
「エロじじいがよく言う。わたしだって、モテるんですからね!!」
(多分、きっと……)
心の中では弱気だった。実際に、カル以外の浮いた話など、わたしには一つもない。
「わしと勝負するか? 簡単な勝負じゃ。村に住む異性の心を掴んで、広場に連れてきた人数を競うんじゃ」
「ええ、受けて立ちますよ! 必ず『ギャフン』と言わせてやりますから!!」
「ふぉっふぉっふぉ、ギャフンと言った上に、何でもスーフェちゃんの言うことを聞いてやるぞ」
「言いましたね! 言質取りましたよ!!」
わたしの「何でも言うことを聞く権利を賭けた勝負好き」はこの時から始まった。後に、たくさんの被害者が出ることになる。
「ああ、何なら契約魔法だって交わしてもいいぞ」
(契約魔法! ラッキー!! 百戦錬磨の他に、その契約魔法も盗み見させてもらうおう! けれど……)
「契約魔法と勝負は、明日行いましょう」
わたしはお祖父様に提案をした。
「今からじゃないのか? もしや、怖気付いたんじゃな?」
「いいえ、お祖父様に猶予を差しあげているだけです」
わたしは勝てない勝負などするつもりはない。契約魔法を交わすなら尚更だ。
けれど、少しだけ作戦を練る必要があった。
そして、わたしとお祖父様はつまらない爺孫喧嘩で、契約魔法を交わし、どちらがモテるのか、という世界一くだらない勝負を行うことが決定した。
平和でのどかなコックス村が、明日、戦場と化す。