化け物屋敷
「ブライアント辺境伯様って、どのようなお方なんですか?」
これから挨拶をしに行くという、領主様のことについて、お祖父様に尋ねた。
初めて会うお偉いさんに、できる限り粗相のないようにするためには、事前情報は必須だから。
「そうじゃのう……わしとそっくりじゃ」
「くそじじいでエロじじいの最低男なんですね」
「スーフェちゃん、どんどん扱いが酷くなっておるぞ? ……おおっと、言ってるそばから、そこにおるじゃないか。おーい! ノーヴ!!」
ノーヴこと、ノーヴ・ブライアント辺境伯様に、お祖父様は大きく手を振った。
「これはこれは、ファーガス殿、天に召されたとお聞きしていましたが、生きておられたのですね」
ブライアント辺境伯様は、真面目そうながらも、少しだけ怖そうなオジ様だった。誰がどう見ても、お祖父様とは真逆な印象だと思う。
「幸いにも可愛い孫娘のスーフェちゃんのおかげでこの通り生きとるわ。自慢の孫娘じゃ」
「はじめまして、スフェーンです。祖父がこの村で多大なご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「……これは可愛い子ですな。こんな可愛らしいしっかりした子は、もしや!? 私の娘!?」
「えぇっ!?」
「何を言う!? わしはお前を息子に持った覚えなどない!! あ、いや、待てよ……」
(うわっ、あのフリーダムな思考は、領主様もなの!? 村全体がおかしいってことだよね)
この人たちのやりとりに、思わず深いため息が漏れる。
(この村って絶対にやばい村ってことだね。きっとお祖父様と一緒で、貞操観念がフリーダムなんだろうな。わたしはできるだけ関わり合いにならないようにしよう)
浮気、ダメ、絶対! のわたしは、そう判断した。
お祖父様たちが昔話に花を咲かせ始めてしまったので、わたしは一人でゆっくりと村を見て回ることにした。この村は色々と危ないけれど、治安的には安全らしい。
(いざという時はルベがいるし、転移魔法もあるから余裕よね!)
そう思ったのも束の間、すぐにわたしは絡まれた。
「あー!! お前、あの化け物屋敷に住んでる娘じゃけえ?」
「化け物、屋敷?」
三人の少年が、突然わたしの前に立ちはだかり、話しかけてきたのだから。
「村外れのじゃ。俺ん家の次にでかい屋敷じゃ」
「もしかして、あなた領主様のご子息様?」
オルティス侯爵家の別邸はかなり大きい。その別邸よりも大きい屋敷というと、自ずと限られてくる。故に、わたしは見事に言い当てた。
「そうじゃ。それよりもお前、化け物屋敷に住んでるんじゃけえ? 化け物の仲間なんじゃけえ?」
オルティス侯爵家別邸を、化け物屋敷呼ばわりされたのだから、普通なら怒っても良いところ。
けれど、どうしてそう呼ばれるようになったのか、なんとなく想像がついていた。
(呪いにかかっていたお祖父様の姿を見たのね。ご愁傷様)
けれど、そんなことよりも、わたしにはもっと気になることがあった。
「誰がどう見ても、わたしが化け物に見えるはずがないでしょ? でも、あなたたちはどんな化け物を見たの?」
もちろん、彼らが何を見たかなんて全く興味はない。
「俺は魔境の森で化け物を見た。すっげー気持ち悪いドロドロとしたやつ」
(こっちの子は普通ね)
「俺は牙の生えた怪獣、すっげー怖かった」
(こっちの子も普通だわ)
「俺の時は猫じゃけえ」
「……えっ、猫ちゃん!?」
ずっと気になっていた領主の息子の言葉遣いよりも、わたしは猫という単語に、一瞬にして心を奪われた。
「なんじゃ? 文句か?」
「ううん、確かに、猫ちゃんは最強だと思うわ」
(もちろん猫ちゃんが最強に可愛いに決まってるもの! その中でもうちのルベが一番よ!!)
うちの子が一番可愛いは、あるあるである。
「そうじゃろ!! 最恐じゃ!!」
わたしの言葉に、領主の息子は喜んだ。
(それにしても、見るものの不安を煽る異形の姿が猫ちゃんだなんて、ぷぷっ、にゃ王の本気の姿でも見たのかしら? にゃ王が猫パンチしてる姿。絶対に可愛すぎる!!)
領主の息子とは絶対に価値観が合わないだろうな、とわたしは思った。もちろん顔には出さないけれど。
「それよりも、あなたの話し方って何なの? とても独特よね?」
わたしは領主の息子の言葉遣いが、やっぱり気になって仕方がなかった。とうとう直球で聞いてしまった。
「決まっとるじゃけえ、ファーガス様リスペクトじゃ!! ……会ったことはないんじゃけど」
「……あ、そう」
心底どうでもいい理由だった。聞いたわたしが馬鹿だった。
「ファーガス様は、いつも女のところに行っちゃうんだよな」
「俺らはファーガス様にまだ一度も会ったことないしな。冒険の話を聞きたいのに。うちの父ちゃんも、ファーガス様の話が聞けるなら、全てを放ってでも行くって言ってたし」
一緒にいた少年たちも、お祖父様をリスペクトしているらしい。
「みんな、お祖父様とお話したいの? くそじじいでエロじじいでも?」
「「「うん」」」
少年たちに話を聞くと、この村の男性陣は、お祖父様のことをリスペクトしているみたい。
「そうなんだぁ。それなら、お祖父様にお願いしてあげるよ」
わたしは少しだけ嬉しかった。
(お祖父様は本当にすごい人なんだ。伝説の勇者っていうのも嘘じゃないんだね!)
冒険者としてのお祖父様を尊敬してくれている人がいることが分かったから。
「お前いいやつじゃな。釣り上がった目ぇしてんのに」
「本当!? ありがとう!!」
釣り上がった目は、むしろ褒め言葉のわたし。だから、満面の笑みを領主の息子に返した。
見た目は可愛いご令嬢のわたし。領主の息子は一気に頬を赤く染めた。けれど、全く興味のないわたしは、マイペースに質問をし始めた。
「ねえ、ここの牛さんたちは、あなたの家の牛さん?」
「いいや、けれど頼めば乳搾りだって、散歩だってできるんじゃ!」
「さ、散歩!? ……さすが領主様の息子ね」
「そうじゃろ、そうじゃろ!!」
わたしの心ない褒め言葉にも、領主の息子は大喜び。このままではいけないフラグが立ちそうだ。いや、もう遅い?
ちなみに、わたしは別に牛さんそのものには興味はない。牛さんと散歩をするよりも、可愛いルベと散歩がしたい。ただ……
(ミルクとバターと生クリーム、それにヨーグルトにチーズ!! 牛さんって最高ね)
牛さんのもたらす食材に、わたしの心は奪われていた。
この後、お祖父様と合流し、おねだりをしてミルクとバターとヨーグルトを手に入れた。
(生クリームとチーズって、手作りできるのかな?)
もちろん、自分で作る予定はない。