魔法嫌いの真相
感動の場面に水を差す者が現れた。もちろんわたしに決まっている。
「そう言えば、どうしてお母様は魔法を嫌っていたのですか?」
お祖父様の呪いが解かれた今、お母様の魔法嫌いもどうにかしておきたいわたしは、今がチャンスだと思い、お母様に尋ねた。
わたしの言葉に、周囲の時間が止まった。
(え? どうしたのみんな?)
「ス、スーフェちゃん、それは聞いてはいけないよ……」
お祖父様がわたしを窘めた。
けれど、もう遅い。そんな言葉がわたしの耳に聞こえた気がした。
だからわたしは、とてつもなく、どす黒いオーラを醸し出す方へと顔を向け、そして驚く。
(まさか、呪いが移った!?)
どす黒いオーラを放つのは、お母様だったから。
もちろん本当に呪いが移ったわけではないし、異形の姿でもない。
「スーフェちゃん、昔ね、魔法を碌でもないことに使ったくそじじいがいたのよ」
お母様の顔は笑っている。けれど、その笑顔が震えるほど恐ろしい。
(こわい、こわすぎる。目が全く笑ってないし!!)
わたしの瞳には、うっすらと涙が浮かび始めていた。
「しかもね、娘と同い年くらいの若い子を『魔法を教えてあげるから』って家に連れ込んで……まあ、その先のことは、子供は知らなくてもいいことよ」
(中身はそれなりの歳なので、容易に想像がつきましたよ。だからこそ……)
「そのくそじじいって人、最低ですね」
「うぐっ」
わたしの涙もスンと消えるほど呆れた事実に、わたしは心底軽蔑した。
貴族たるもの、愛妾の一人や二人いてもおかしくはないのかもしれない。けれど、前世は奥ゆかしい日本人のわたしは、アンチ愛妾派、アンチ一夫多妻制が心情だ。
よって、わたしはもちろんお母様の味方。
七歳の娘に話す内容ではないだろうけれど、ノープロブレム、むしろ続きが気になってしまう。
「それもね、一度や二度じゃないのよ。私の小さい頃からずっと『魔法を教えてあげる』って口実に女を連れ込んでいたみたいなの。だから私は魔法が大っ嫌い」
お祖父様が家を出て行ったことが追い討ちとなり、魔法が大嫌いになったお母様は、使用人も魔法が使えない人を選びはじめた。
わたしに魔法を教えてはいけないという理由も、魔法を使えると碌な大人にならないと思ったからみたい。
ちなみに、くそじじいの話は、今は亡きお祖母様が愚痴っていたらしい。
そんな中、マーサが何やら思い詰めた表情をしているではないか。
「マーサ、どうしたの? 考え込んじゃって?」
意を決したように、マーサは口を開く。
「あの、大旦那様、その女性たちって……」
「マーサ、それ以上言うで……」
「私が、隠蔽して連れてきた女性たちのことですか!?」
「はぁ? マーサに隠蔽してもらってまで、浮気相手を連れ込んでたの? はっ!? もしかして、私がずっと幽霊だと思っていたのって……」
「フェリシア様、申し訳ありません。大旦那様に絶対に秘密にするようにと言われていたもので」
お母様は小さい頃、マーサの隣にいる女性が、突然消えたり、突然現れたりするのを目撃した。
マーサに確認しても、口を閉ざし、決して教えてはくれない。
だから余計に、見てはいけないもの--幽霊だと思ってしまったらしい。
これがまさかの、オルティス侯爵家本邸に現れる、女性の幽霊事件の真相であった。
そして現在、いい歳したくそじじいが、お母様とマーサの挟み撃ち攻撃を受けている。
(ふふ、自業自得だわ)
わたしは面白がって傍観に徹したけれど、優しいお父様は、お祖父様に助け舟を出した。
「さあみんな、そろそろこれからのことを話そう。お義父さんは、今後はどうなさいますか? 本邸に戻るか、嫌でなければ、王都の別邸で一緒に暮らしませんか?」
「いや、わしはもうお前たちに全てを譲ったから、隠居じじいとして、今まで通りのんびり暮らすつもりじゃ。わしの呪いが解けたことも、しばらくは伏せとくがいい。それに呪いが解けた今は、村にも行けるし、魔境の森は魔法が使い放題だから、運動にもちょうどいい」
「!?」
わたしはくそじじい、もとい、お祖父様の言葉を聞き思いついた。
「お祖父様! わたしに魔法を教えてください! わたしも魔境の森で魔法の訓練がしたいです」
「え? スーフェちゃんは何を言い出すの? 魔法の訓練なんてする必要はないわよ?」
お母様がわたしに待ったをかけた。だから空かさずわたしは宣言した。
「わたし、冒険者になりたいんです!」
もちろん、みんなが驚いた。
「冒険者!? そんなの反対よ、危険だわ」
「お母様、わたしは学園に行かないで冒険をして、世界を知りたいんです!」
もちろん一番の理由は、乙女ゲームから逃れるため。
「でも、婚約者の……」
「もちろん、カルセドニー様の了解も得ています!」
「いつの間に!?」
「ふふ、しかも、カルセドニー様はわたしが冒険の旅に出ている間に、お父様から家督を継ぐための勉強も始めてくれるそうです。カルセドニー様が学園を卒業したらすぐに結婚する約束なので、それまでには必ず帰ってきますから!」
わたしの用意周到さに、一同唖然としていた。
「スーフェの意思は固いのか?」
成り行きを優しく見守っていたお父様が、真剣な面持ちでわたしに問いかける。
「はい! 絶対に冒険の旅に出ます」
「それなら、条件をつけるよ。王都の冒険者ギルドの試験に、12歳になったら受けることを許そう。チャンスは一度きりだ。それで受からなければ諦めなさい」
「はい。当然です。それで負けるようでは、冒険の旅に出ても、命を落とすだけですから。でも、訓練もしないまま試験には挑みたくないので、お祖父様の元で修行をさせてください」
お祖父様の元で修行することも、先日の図書館の一件があったことから、王都にいるよりも、ここの方が安全だろうと、すんなり許可が出た。
こうして、わたしの冒険者への道が開かれた。わたしの本格的な修行が、ようやく始まる。