お祖父様の呪い
「スーフェちゃん、会いたかったよ〜!!」
辺境の村にしては、とても豪華な屋敷に着いた。ここはコックス村という小さな村の外れ。
馬車から下りたわたしに向かって、一目散に老齢の男性が駆け寄って、今まさに、わたしに抱きつこうとしている。
もちろん、華麗な足捌きで避けたに決まっている。
「ご機嫌よう、お祖父様。って、どうしてこんなことをなさったのですか!?」
この方はわたしのお祖父様、お母様のお父様だ。
「だって、わしだって、スーフェちゃんに会いたかったんじゃ……」
お祖父様は怒られた子供のように、拗ねがら言い訳をし始めた。その姿を見たわたしは、疑いの眼差しを向けてしまう。
(いい歳したじじいのくせして、本当に偉大な冒険者なの!?)
目の前にいるこのお祖父様は、文献にも載ってしまうほどの偉大なるお方、……のはずなのに。
わたしの視線を感じ取ったのか、お祖父様は頭をぽりぽりと掻きながら、少しだけ罰の悪そうな顔をした。
「それで、どうしてお祖父様の周りは、どす黒い靄で覆われているのでしょうか?」
(この黒い靄って、何なんだろう? とても気味が悪いし、嫌な気持ちになるよ……)
わたしの目には、どす黒い靄のようなものがお祖父様を覆うように纏わりついているのが見えた。
「どういうことじゃ? やはりスーフェちゃんには分かるのか? スタンの言っていた通りなんじゃな。でも、まさか、信じられない」
「やっぱりお父様とは連絡を取り合っていたのですね。それよりも、さっさと、このどす黒い靄をどうにかしましょうよ」
「本当にスーフェちゃんは、わしを見ても怖くないんじゃな?」
「もうっ、お祖父様も同じことを聞かないでくださいよ! 確かに黒い靄はとっても嫌な気分にはなりますが、お祖父様は本に載っていた姿絵そのままですよ?」
見た目年齢は違うけれど、ほとんど変わりなかった。
「それなら、質問を変えるよ。本当にその恰好で、わしが見えるんじゃな?」
「はい」
わたしは大きく頷いた。お祖父様は、わたしの言葉を信じ切ることはできなかったらしい。
それでも、自分の置かれた状況を、ゆっくりと説明してくれた。
「わしにはちょっとした呪術がかけられておって、わしの姿は、見る者の恐怖心を煽るような、異形の姿として映し出されているんじゃよ」
それは、馬車の中でマーサに聞いていた通りの話だった。
(お父様が言っていた助けたい人って、お祖父様のことなんだね。どうにか助ける方法はないのかな? 普通に考えて、呪いだから解呪師だよね)
「どうして、解呪師の方を呼んで、その呪術をさっさと解かないのですか? 侯爵家、ましてや偉大な冒険者だったお祖父様には、それくらいの伝手はありますよね?」
お祖父様は残念そうに首を左右に振った。
「手は尽くしたんじゃ。わしに呪いをかけた者、公爵家の人間が全ての解呪師を買収しおった。無理をしようとしてくれた者もいたんじゃが、歪んだその力に捻り潰されそうになってしまってな」
「捻り潰された、って、もしかして、殺されそうに……」
「ああ、そうじゃ。それに、こんな姿だから、わし自ら探しに行くこともできんのじゃ。唯一、全てを知って動けるのは、マーサくらいじゃ」
マーサだけが、隠蔽のスキルがあるからだと、わたしはすぐに察した。それは秘密裏に動かなければ、命すらも危ういということ。
(想像以上に、危うい状況なんだ……)
もしも、表立って解呪師を探そうとすれば、公爵家の手の者が、その者を消し去ろうとする。
「スーフェちゃんも、危険な目にあったと聞いたんじゃ。それはきっと、公爵家の関係者の仕業じゃ。だから、熱りが覚めるまで、ここで一緒に暮らすのも良いんじゃないかと、スタンとマーサに頼んだんじゃ。まあ、一緒に暮らすとは言っても、わしはこんな姿じゃ。一緒には過ごせぬけどな」
「心配してくださってありがとうございます。でも、まずはお祖父様のことを考えましょう」
(呪術か、魔法が盗めるんだから、きっと呪いも盗めるよね。でも盗んだ後にどうするか、だよなぁ……)
安易に盗んで、その呪いがわたしに降りかかるのは絶対に嫌。
呪いを具現化しても、宙に浮いた状態になって、また別の誰かに呪いが移ってしまうかもしれない。
(何かにしまう? わたしのアイテム袋? それも嫌だな。あとは、封印する? あ! もしかして、吸収の魔石なら吸収してくれるんじゃないのかな!)
試してみる価値はある! とわたしは声を上げる。
「お祖父様、わたしに考えがあります。……って吸収の魔石を今は持ってない!! お父様もここに来るんですよね? お父様に協力をお願いしましょう!」
寝てる間に連れてこられたわたしは、吸収の魔石どころかアイテム袋も持ってきていない。もちろん転移魔法を使えば済むけれど。
ここは敢えて、大人しくお父様とお母様を待つことにした。
「スーフェちゃんには驚かされることばかりじゃ。本当にわしが怖くなくて、わしが見えるんじゃな?」
お祖父様の言葉に、肯定の意味を込めてにこりと口元に笑みを浮かべた。
きっとわたしの外見を見れば、誰しもがそう思うだろう。だって、わたしは馬車を下りる前からずっと、目隠しをしているのだから。
そして『盗』のスキルを使って、ずっと盗み見ている。
目隠しをされて、本来見ることのできない世界を。さらに、呪術によって覆われたお祖父様の本来の姿を、盗み見ているのだから。
(神様の言っていた通り、見たいものは何でも見ることができるって、こういうことなんだね。ただし、条件があったけれど)
条件とは、ずばり【盗み見る】こと。誰かに気付かれないようにちらりと見たり、容易に見ることのできない状態でないといけなかった。
だから、わたしは敢えて目隠しをして、何も見えるわけがないと、周りの人たちには思わせている。
その心理を利用して、あたかも見えていないふりを装ったわたしは、お祖父様の本当の姿をこっそりと盗み見ることに成功した。
ちなみにマーサは今、お祖父様のことを一切見ないようにしている。
マーサがお祖父様と会う時は、お祖父様自体に隠蔽を施すことで、今までいろいろなことに対応してきたのだという。
マーサのスキル隠蔽は、自分のステータスや魔力などを隠すほかにも、近くの人や物を隠すことができるみたい。
(それにしても、『盗』のスキルって本当に便利! もっと使いこなせるようになれば、絶対に楽しいかも!)
わたしたちはのんびりと、お父様とお母様が来るのを待つことにした。