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黒猫従魔と旅に出る。  作者: 海伶
第一章
31/125

事件は突然に

 事件というものは、突然やってくる。


 わたしは今、目隠しをされ、毛布でぐるぐるに巻かれ、縛られている。


 誘拐されたのだ。


 それは、いつも通り夕飯を食べ終え、寝る前の筋トレも欠かさずこなし、一杯のお茶を飲んで、眠りについた後のこと。


 ふと目が覚めたら、馬車に揺られていた。


(……一体、何が起きたんだろう?)


 わたしは寝る前の自分の行動を思い出す。けれど、やはりいつも通りの変わり映えのない出来事しか思い出せない。


 それなら、とわたしは今の状況を考えてみた。


 誘拐されたという割に、怪我一つ負っていない。毛布でぐるぐるに巻かれて縛られているのも、きっと風邪をひかないように、とのことだろう。


 みのむし状態のわたしは、早々に結論を出した。


(ま、目的地に到着すれば分かるでしょ)


 ふうっ、とため息をついて、わたしは目を瞑る。


(さすがに、もう眠れないか……)


 誘拐されて、再びぐっすりと眠れるほど、わたしの神経は図太くなかった。


(お父様とお母様は、心配するだろうな)


 起きた時に自分がいないことに気付いたお父様とお母様が、慌てた様子でわたしのことを探す姿を想像してしまい、とても申し訳なく思う。


 わたしには、家族を心配する余裕があった。


 それは、目隠しをされていても、盗み見ようとすれば見えるから。


 もちろんわたしは、誰が自分を拐ったのかを、すでに盗み見ていた。だからこそ、悠長に構えていられる。


 それに、姿は見えなくとも、ルベがずっと近くにいてくれていることにも、もちろん気付いていた。


 いざ、という時には、転移術も使える。


 でも、大事にはならないから大丈夫だと、わたしは確信していた。


(目的地までは、きっと遠いよね。暇だ……)


 話し相手がいなければ、道中は絶対に暇だ。もう眠くないし、寝てるふりもつまらない。


 だから、わたしは犯人に話しかけることにした。



「ねえ、マーサ。どうしてこんなことをしたの?」


 わたしの声に顔を上げ、にこりと笑ったマーサがわたしに告げた。


「やはり、スーフェお嬢様は見えないものを見ることができるのですね。そうですね、私の本当の雇主様のご依頼ですから」


(本当の、雇主様……)


 その言葉を聞き、そして、核心に迫る。


「やっぱり、お祖父様の息のかかった使用人、マーサはお祖父様のスパイなのね?」

「ふふふ、スパイだなんて大それたものではありませんよ。ただ、大旦那様もスーフェお嬢様のことをとても心配なさっているから、とでも言っておきましょうか?」

「心配? 心配するなら、この姿はないんじゃないの?」


 相変わらず、今のわたしはみのむし姿だ。暖かいけれど、文句の一つは言いたい。


「それは、スーフェお嬢様の寝相が……それに風邪をひかれては困りますし」


 わたしは寝相が悪い。その点については、全く反論の余地がないほど。


 そして、どんな場所でもぐっすりと眠ることができる自信もある。


(だって、冒険者になるんだったら、どんな場所でも寝れないとだめだもの!!)


「もう起きるから、外してちょうだい。目隠しもいらないでしょ?」


 とうとうマーサは、わたしをみのむしから脱皮させてくれた。


「わたしもお祖父様にお会いしたかったから、ちょうどいい機会だね」

「スーフェお嬢様は、大旦那様のことが見えてらっしゃったんですか?」

「まあ、たぶん」


 わたしは曖昧に誤魔化した。


 できる限り自分のスキルは秘密にしておきたかったから。『盗』というスキルは便利だけれど、やっぱりその言葉の意味に抵抗がある。


「怖く、ありませんでしたか?」

「怖い? どうして? 全然怖くなかったよ。むしろ格好良いじゃない! でも、お父様も同じようなことを言っていたな。どうして?」


 マーサは少しだけ躊躇う様子を見せたものの、いずれは言わなければいけないと思ったのか、わたしに話してくれた。


「実は……」


 その話を聞いて、わたしはいろいろと納得をした。


「なるほど。だから姿を見せないように、マーサが隠蔽のスキルを使っていたのか」

「そこまでご存知で? まあ、そうですよね。スーフェお嬢様は赤ちゃんの頃から、上手に魔法をお使いになられていましたものね、それくらいで驚いてはいけませんね」


 マーサは顔色を一つ変えずにわたしに告げた。


(気付かないわけないよね。でも、黙っていてくれたなんて、やっぱりマーサは悪い人じゃないんだね)


 マーサはわたしの面倒を一番近くで見てくれていた乳母だ。しかも、温度変化にさえ気を使うくらい、わたしを取り巻く全てのことに気を払ってくれていたのだから。


 遠くにあった物がわたしの近くにあったり、マーサが魔法を使っていない時でも、わたしの周りの温度がいつも一定なことに、おかしいと思わないわけがなかった。


「マーサこそ、気付いてたんだね。うまく隠せてると思っていたのにな」

「ふふふ、スーフェお嬢様が魔法をこんなにもお上手に使えることを、とても嬉しく思っているんですよ。私も、大旦那様も、スタン様も」


 マーサの言葉に、わたしは肩を落とした。期待することは諦めていた。けれど、やはり悲しかった。


「お母様は、やっぱり嬉しくないんだね……」


 お母様の魔法嫌いは筋金入りだと再認識せざるを得なかった。


「あ! わたしのことを、お父様やお母様が心配してるんじゃないのかな?」

「そのことでしたら、ご心配には及びません。すぐに私たちを追って来てくださる予定になっていますから」

「それなら、普通にみんなで行けばいいじゃないのかな?」

「それは……」


 マーサが言いづらそうに目を伏せた。


「お祖父様のところへ行くと言ったら、お母様が嫌がるからか。お母様とお祖父様の関係は早くどうにかしたいよね……」


 わたしの言葉に、マーサは悲しげに微笑んだ。きっとマーサも二人に挟まれて、辛い思いをしてきたのだろう。


「それでは、スーフェお嬢様。大旦那様とお会いするにあたって、絶対に守っていただきたいことがあるのです。それは……」


 マーサからお祖父様と会う時の注意事項について、詳しく説明を受けた。


「うん、分かった。気を付けるね」


 それからわたしは馬車に揺られ、マーサと一緒にお祖父様の元へと向かった。






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