黒猫もふもふ
(し、死ぬぅ、ぐるじいぃ)
生後半年にして、絶体絶命の大ピンチだ。
ベッドで一人で寝ていたわたしは、なぜか突然息苦しさを覚え、咄嗟に目を開けた。
目を開けたはずなのに、目の前がまだ真っ暗で、口も何かで覆われている。
(わたし、きっともう死ぬんだ……)
せっかく転生したはずなのに、あまりに短すぎる人生だった。
けれど、息苦しいだけでなく、得体の知れないもふもふっとしたものが顔一面に当たって、少しだけ擽ったい。こんな状況なのに、思わず笑ってしまうほど。
「チッ」
明らかな舌打ちと共に、わたしの目に一気に光が飛び込んできた。息苦しさも、もふもふっとした擽ったさも同時になくなった。
なくなった瞬間に、どうしてか、そのもふもふが恋しくなる。けれど、今度はお腹が重い。
(はあ、はあ、死ぬかと思ったし苦しかったよ。一体わたしの身に何が起きたの? ……って、黒猫ちゃん!?)
わたしのお腹の上に黒猫ちゃんが座り、わたしの顔を見下ろしていた。
漆黒の艶々とした毛並みを持ち、真紅色の瞳が印象的な黒猫ちゃんは、わたしの心を一瞬にして鷲掴みした。
すらりと伸びた手足に、もふもふなんだけど太りすぎていない身体、凛とした佇まい、その全てがわたしの理想すぎて。
(やっばい、可愛すぎる!!)
わたしは猫ちゃんが大好きだ。三度の飯より猫が好き。嘘、ちょっと盛った。
(もしかして、さっき苦しかったのって、わたしの顔の上に、黒猫ちゃんが乗ってたの?)
そう思うと、もう一度乗って欲しくなってしまう。
そんなわたしの視線に気付いてなのか、黒猫ちゃんは途端に身震いをし始める。身の危険を感じたらしい。
そして、しっぽを床にバタバタと大きく叩きつけながら、もう一度大きく舌打ちをして、逃げるように去って行った。
(えっ、もう行っちゃうの? もしかして、自称神様と約束したわたしの従魔ちゃんかな? 最強には見えなかったけど、最強に可愛かったから許す!)
これが、これから一緒に旅をすることになる、わたしと黒猫ちゃんの、初めての出会いだった。
******
(ああ、黒猫ちゃんにもう一度会いたいな〜)
あの日から、一度たりとも黒猫ちゃんがわたしの前に姿を現すことはなかった。
最近では、黒猫ちゃんに会ったのは、夢の中での出来事だったのではないか、とさえ思い始めていた。
(黒猫ちゃんをもふもふしたい。もふもふを思う存分堪能したい。それに、せっかく名前も決めたのになぁ……)
黒猫ちゃんに対する届かぬ思いを募らせるわたしは、相変わらず魔法の訓練に余念がない。
だって、あんなに可愛い黒猫ちゃんと旅をするなら、わたしが強くならなきゃいけないから。
そう気合い入れて魔法を使っていると、思わぬピンチが再びわたしを襲う。
「きゃあっ!! スーフェちゃん!?」
「……!?」
(まずい、お母様に見られた!)
魔法を使っているところをお母様にばっちりと見られてしまった。今の状況は間違いなく弁解などできない。
だって、わたし自身が風魔法でふわりふわりと宙に浮いているのだから。
(でも、魔法の天才って持て囃されるかも! 英才教育をして、ゆくゆくは王宮魔導士とか! いや、わたしは旅に出たいしな。ふふ、困るなぁ)
急いでベッドに戻り、にまにまとそんなことを考えていると、事態は思わぬ展開に。
「誰!? スーフェちゃんに魔法を教えた不届き者は? マーサ! マーサ!!」
血相を変えたお母様が、必死の形相で叫ぶのを目の当たりにしたわたしは、一瞬にして青褪める。
(え? 何この展開? 詰んだ?)
わけが分からなかった。だって、ここは冒険ファンタジーの世界。そして、魔法の国。魔法を使って当たり前のはずなのに。
「はい、お呼びでしょうか?」
「スーフェちゃんがっ、スーフェちゃんが魔法を使ってるの!! まさか教えてないわよねっ!?」
「もちろん教えてません。それに、魔力のない私が魔法を教えることなんてできませんよ」
「!?」
ふふっと笑いながら発したマーサのその言葉に、わたしは驚きを隠せなかった。
「そ、そうよね? それなら誰が?」
「奥様の血を受け継いだお子様ですから、生まれながらにして魔法の天才でも、全くおかしくはないですよ」
「……まあ、スーフェちゃんは天才かもしれないけれど、でもだめよ、魔法だけは絶対に使わせてはいけないわ。魔法なんて使えても、絶対に碌なことにならないわ! アイツみたいに!!」
(アイツ……?)
もちろんわたしには、お母様の言う“アイツ”に心当たりなどない。お母様の謎の発言と苛立ちに、わたしは驚き戸惑った。
「マーサもスーフェちゃんのことを見張っててね。絶対に魔法は使わせてはいけないからね。絶対に!!」
「はい、奥様」
そう言い終えると、お母様は部屋を出て行った。そして、残されたわたしには、行き場のない怒りが、ふつふつと沸き上がる。
(魔法って、使ってはいけないの? 嘘、絶対にあり得ない! このままじゃ、旅に出られないじゃないの!! あの自称神様め、嘘つきやがった!!)
もちろん八つ当たりだ。
(それに、マーサもおかしいよ。だって、マーサこそ嘘ついてるんだもの!!)
わたしは信じられない気持ちで、マーサをちらりと盗み見た。だって、マーサが明らかに嘘をついていることは、わたしが身を持って知っているのだから。
(どうして? マーサは魔法が使えるよね? それなのに魔力がないってどういうこと?)
そう思いながら、ちらりと【盗み見た】ことで、偶然にもわたしは知ってしまった。
マーサが自分の魔力を【隠蔽】しているということを。