禁忌の魔術
わたしとカルの言葉に、お父様は顔を歪めた。
そして何かを確信したように、わたしたちをそのまま部屋に残し、尋問していた職員を連れて部屋の外に出て行った。
「ねえ、わたしもカルも思い出せないって、絶対におかしいよね?」
「うん。それに実は僕、精霊たちに『スーフェが危ない』って教えてもらって、急いで図書館に来たんだ」
「わたしが、危ない?」
わたしはカルの言葉に首を傾げた。
ここは図書館、しかも国で厳重に管理されている。危ないという言葉とは無縁の場所だから。
けれど、あらぬ疑いをかけられて、現に尋問されているのだけれど。
「うん。僕もよくは分からないんだけど、さっきの人が少しおかしいんだって。スーフェが図書室に来た時から、スーフェのことをずっと見ていたらしいよ?」
「嘘、全然気付かなかった」
「スーフェはあの人に何を言われたの?」
「えっと、『あのお方と同じものを感じる』だったかな。きっと、知り合いの人と似ていたんだよ。ほら、知り合いの人と似ていたから、わたしを見ていたって思えば、一応は辻褄が合うじゃない?」
わたしは自分でそう言い聞かせようとしていた。そうでなければ、正直言って、怖すぎる。
それに、あの時触れられた指先に、今も何かが纏わりついている気がしてならなかったから。
「うん、似ているから見ていただけならいいけど、でも……」
カルの言葉の途中で、職員との話を終えたお父様が部屋に戻って来た。
「スーフェ、もう帰っても大丈夫だって。あの本が盗まれたのは、スーフェが生まれる前だからって話をしたら、きちんと納得してくれたよ。泥棒だと疑って悪かったねって謝っていたから、許してあげてね」
「はい。許すも何も、疑いが晴れたなら良かったです。お父様、ありがとうございます」
お父様のいつも通りの優しい笑みに、わたしはほっと胸を撫で下ろした。
「カルセドニーくんも、本当にありがとう。君がいなかったら、って考えると、本当に感謝しても仕切れないよ」
「そんな、僕は何もできませんでした。でも、本当に何事もなくて良かったです」
「さあ、今日はもう帰ろう。私の仕事はもう大丈夫だから、一緒に帰ろうね。カルセドニーくんのことも家まで送るよ?」
「ありがとうございます。でも、僕は待ち合わせをしているので、そちらに向かいます」
わたしはカルにお礼を言うと、後日会う約束をして別れた。
「ルベ!」
馬車に乗ろうとした時、ルベが慌てた様子で現れた。わたしはルベを抱きしめようと、両手を伸ばした。
けれど、ルベは突然わたしの右手に爪を立てた。
「痛っ!」
僅かに、右の人差し指から血が滴り落ちる。
ルベはわたしの声にビクッと反応し、ゆっくりと引っ掻いたわたしの指を、ぺろぺろと舐めはじめた。
もちろんルベがわたしを引っ掻くなど、初めてのこと。
(あれ?)
不思議なことに、先ほどまで指先に纏わりついていた感覚が、なくなっていく気がした。
(ルベのおかげ?)
わたしはルベを優しく抱き上げて、そしてぎゅっと抱きしめた。いつもよりも力強く……
いつもなら、必死の形相で抵抗するルベだけど、この時だけは何も言わずに大人しく、わたしの腕の中で抱きしめられてくれた。
「お父様、ルベも一緒に馬車に乗っても平気ですか?」
「もちろん大丈夫だよ。一応、初めましてかな。いつもスーフェのことを見守っていてくれてありがとう」
お父様の言葉が照れ臭かったのか、ルベの顔はツンとしている。けれど、尻尾を一回だけ大きく振った。
まるで、お父様の言葉に応えるように。
ルベを抱いたまま馬車に乗ると、お父様に再度、謝罪した。
「お父様、本当に迷惑をかけてしまってごめんなさい」
「いや、謝ることではないよ。スーフェは知らないことを知ろうと、勉強していただけなんだから。でもそうか、魔術について知りたかったんだね?」
「はい。魔術というか、呪術なんですけど」
「呪術は確かに魔術の一種だね。この国では魔術は禁忌とされているのは知ってるかい?」
「先ほど、カルに聞きました」
けれど、どうして魔術が禁忌とされているのかは知らない。お父様はそのことを察してくれたのか、教えてくれた。
「魔術はね、その術を発動するために対価を必要とするんだ。それは魔力だったり、血だったり、人そのものだったり……生け贄という言葉があるでしょう? 昔、魔術を発動させるための生け贄を確保するために、人身売買が問題となったんだ。だからこの国では、人身売買はもちろんのこと、魔術も禁止になったんだよ」
「そうだったんですね。お父様が呪術と口にされた時、すごく悲しそうな顔をされた気がして。だから、どうしても気になっちゃったんです。吸収の魔石も、何か関係があるんじゃないのかなって……」
「あの時、呪いを吸収してくれるって言ってしまったからだね」
お父様は少しだけ逡巡しながらも、ゆっくりとわたしに打ち明けてくれた。
「スーフェ、私にはね、助けたい人がいるんだ」
「助けたい人、ですか?」
「そう。その人が、ある呪いにかけられていて、それを魔石でどうにかできないか、ずっと探しているんだ」
「もしかして、吸収の魔石でその呪いを吸収しようと思われたのですか?」
お父様はゆっくりと頷いた。そして、さらに話を続ける。
「でも、前に言った通り、先に魔法や魔力が吸収されてしまって、失敗に終わってしまったんだ。でも、研究していくうちに、発動しようとしている魔術単体なら、吸収してくれるかもしれないということが分かったんだ。と言っても、人にかけようとした魔法を吸収できただけだから、魔術にも効くかは試せていないんだけどね」
「もしかして、それで一応のため、わたしに吸収の魔石をくれたんですね」
「まあ、気休めだけどね」
そして、馬車は屋敷に着いた。
自分の部屋に戻ると、ルベはわたしの腕の中からスタッと飛び下りた。
「チビ、お前、一体何をした?」
「何って言われても、どう説明していいのか分からないよ」
「どんなヤツだった?」
「え? えっと、それが覚えていないの。でも大丈夫だよ。カルが助けてくれたから」
「……」
ルベは突然、わたしの足元に近づき、もふもふの身体を擦り付けて来た。
「か、可愛すぎる!! もしかして、ルベは慰めてくれてるの?」
「違う!! ……その、さっきは噛んで悪かったな」
ふふっと笑いながら「いいよ」と言ったわたしは、ルベにミルクをあげた。ミルクを飲むルベを見て、わたしは少しだけ、元気を取り戻した。