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黒猫従魔と旅に出る。  作者: 海伶
第一章
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魔術の本

 禁忌の魔術、と題されたその本を目にし、背筋にぞくりと冷たいものが走った。


(怖い……)


 少しだけ躊躇っってしまった。けれど、意を決してその本を取ろうと手を伸ばす。


「あっ……」


 偶然にも、伸ばした手が重なり、わたしは反射的に自分の手を引っ込めた。


「ご、ごめんなさい」

「いえ、こちらこそ驚かせてしまって申し訳ない」


 咄嗟に謝ったわたしは、ゆっくりと顔を上げた。どうしてだか、じーっと見つめられている気がしたから。


(何か、嫌だ……)


 目の前のその人は、品定めするように、わたしのことを頭の先から爪の先まで、視線を走らせていた。


 いやらしい視線、というわけではない。むしろその逆。好意の欠片を微塵も感じなかった。


 だからわたしは、何か粗相をしてしまったのではないか、と心配になり、慌てて尋ねた。


「あの、何か気に触るようなことをしてしまいましたか?」

「いや、大丈夫ですよ。ただ、私の知っているお方と同じものを感じたのでつい。嫌な気持ちにさせてしまったのなら申し訳ない。こんなに可愛いお嬢さんが、あのお方のわけなどないのに」


 そう言いながら、その人はわたしに向かって手を伸ばしてきた。


(だめだ!!)


 頭の中で警告を発する。けれど、身体が言うことを聞かない。その人の手が、わたしの首筋に触れそうになっているのに。


(逃げろっ!!)


 分かってる。けれど、動けない。


「……っ、スーフェっ」


 わたしの背後から、その人から遠ざけるように、わたしのことをカルが抱き寄せてくれた。


「カル!」


 わたしはカルの姿を見て、一気に安堵した。けれど、今もまだ、身体の震えが治らない。


「これはこれは、要らぬ心配をさせてしまったようですね。邪魔にならないように、私はさっさと退散することにしましょう」


 不敵な笑みを浮かべながら、その人は先ほどの魔術の本をわたしに差し出した。


「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 わたしは躊躇いながらも、その差し出された本を受け取ろうと、本に手をかけた。


 本を掴むのと同時に、わたしの右手の指先に、その人の指が一瞬だけ触れた。


「!?」


 瞬間、右手の指先に違和感を覚えた。それはまるで、何かが纏わりつくような、嫌な感覚。


 咄嗟にその人の顔を見上げた。わたしの中に暫しの沈黙が走る。その人が、わざとわたしの指に触れた気がしたから。


「スーフェっ!!」

 

 わたしの名を呼ぶカルの声に、ハッと我に返る。


「な、な、なに?」


 いつの間にか、その人の姿は見えなくなっていた。


「スーフェ、大丈夫?」

「う、うん。来てくれたんだね」

「もっと早く来れれば良かったのに、遅くなっちゃってごめんね。それで、スーフェは何の本を探していたの?」

「魔術の本、なんだけど」


 わたしは手渡された魔術の本をカルに見せた。途端にカルの眉間に皺が寄った。


「スーフェ、ロバーツ王国は魔術を禁忌としているから、迂闊にそういう本を読んじゃだめだよ? それにこれ、閲覧禁止の本だし」

「え!?」


 わたしは手に持っている本を見た。そこには表紙にも裏表紙にも「閲覧禁止」「厳重保管」と記されていた。


 それは、禁書だった。


「どうしてこんな本が本棚に?」

「誰かが間違って紛れ込ませてしまったのかもしれないね」


 わたしは、本を管理する職員の元へと向かった。もちろんカルも一緒に。


 それからが大変だった。


 わたしが職員に魔術の本を見せるなり、別室に連れて行かれてしまったのだから。


 何もない殺風景な部屋で、わたしは今、あらぬ嫌疑をかけられている。


「どうして、これを君が持っているんだい?」

「どうして、って、本棚に置いてあったんです」


 わたしは図書館で起きたありのままの出来事を説明した。


 魔術の本を探していたら、どこにも見当たらなくて、ようやくこの本を見つけた、と。もう一人、この本を手に取ろうとしていた人がいたことも。


 けれど、一蹴された。


「それは絶対にあり得ないよ。今日は親御さんは一緒ではないのかな? えっと、君は、あぁ、オルティス侯爵家の、ってことはスタン様の?」

「はい。娘です」


 お父様の名前が出てきたことで、わたしは大きく頷いた。その職員は、不思議そうな顔をしながらぽつりと呟いた。


「だったら、この本を盗むはずはないよな?」

「盗む!? そんなこと絶対にしません!!」


 この本が盗まれた本だと聞いて驚いた。


 そして、知らぬ間に自分の『盗』のスキルが何らかの理由で発動してしまったのではないか、とまで考え、途端に身体が震え出す。


(でも、絶対に盗んでなんかいないよ……)


 泣きそうになりながらも、何とか堪えることができた。


 それは、カルが隣にいてくれたから。ずっと隣に座って、わたしの手を握っていてくれていたから。


 程なくして、息を切らせたお父様が駆けつけてくれた。


「スーフェ!!」

「お父様っ!!」


 お父様の姿を見るなり、わたしは立ち上がり、一度カルに目線を送った後、走ってお父様に抱きついた。


「どうしたんだい、スーフェ? 魔術の本なんて?」

「魔術が禁忌だと知らなかったんです。前に、お父様に吸収の魔石をいただいた時に、お父様が呪術って言っていたから、わたしずっと気になっていて、それで……」

「だから魔術の本を探そうと思っていたんだね。でも、どうやってこの本を見つけたんだい?」

「いっぱい探しました。本棚を隅から隅まで。そしたら、ふと目に付いて。それに、わたしの他にも、もう一人の方が、この本を手に取ろうとしていました」


 わたしの言葉に、お父様は一気に声を低めた。


「……それは一体どんな人だい?」

「えっと……」


 わたしは一瞬にして青褪めた。だって、ついさっきのことなのに、その人のことを全く覚えていなかったのだから。


「え? どうして? お父様、さっきのことなのに、全く思い出せません。嘘でしょ? え? カルは?」

「僕も、思い出せない……」


 カルも呆然とした様相で呟いていた。






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