図書館でお勉強
「おはよう、ルベ!」
「……」
今朝もわたしは部屋にルベを呼んだ。最近では、呼べば素直に来てくれる。しかも転移魔法のおかげで本当に一瞬で。
神様の話を聞いてから、ルベはいろいろと諦めたみたい。
そして今、不機嫌そうに黙り込んでいるルベだけど、尻尾は縦にゆっくりと振られている。
この尻尾の動きが何を意味しているのかを、わたしは知っている。だから強気で攻める。
「ルベ、おはようは? きちんと挨拶しなきゃだめだよ! おはようが言えないなら、もちろん『にゃあ』でもいいよ? だって黒猫ちゃんだもの」
「おはようくらい言えるわっ!!」
「ふふ、良くできました。ご褒美のミルクだよ」
返事をしようか迷っていたらしい。
(ルベったら、素直じゃないんだから)
わたしはルベの前に、ミルクの入ったボウルを差し出した。この時だけは文句も言わずに、ミルクをぺろぺろと舐める。
ルベは、どうやらミルクが好きらしい。
(ミルクを飲んでるルベって、最強に可愛すぎる! 眼福だわ〜)
「……見るなよ」
「ふふ、わたしが飲ませてあげようか?」
「ふざけんな!!」
これが、わたしとルベの、最近の朝の日課だ。
「今日ね、お父様に図書館に連れて行ってもらうんだよ。ルベも一緒に行かない?」
「図書館? んなとこ、絶対に行かねえよ」
「残念。わたしはとっても楽しみなんだ! カルも時間を見つけて来てくれるって言ってくれたし!」
「……知らないヤツに付いて行くなよ」
「ふふ、心配してくれてるの? 嬉しい!」
「ば、ばか。お前に何かあると、俺の命が危ないんだよっ」
「でも図書館だよ? 危ないも何もないよ」
「けれど、……絶対に油断するなよ」
照れ隠しなのか、ルベは再びミルクを舐め始めた。その様子を、わたしはにこにこと眺めている。
(何だかんだ言いつつも、本当に優しいな)
すると、マーサがわたしを呼びにきた。
「スーフェお嬢様、そろそろご出発のお時間です」
「分かったわ! じゃあ、行ってくるね……って、もういないし」
ルベに声をかけるも、空になったボウルだけが残されていた。
******
「わあ、大きい図書館ですね」
「ああ、国で一番蔵書数が多いんだよ。ここにくれば、殆どの本が揃っているんだ。それに禁書も保管されているからね」
「禁書……」
「けれど、禁書は厳重に保管がされているし、立ち入り禁止だから、どんなに見たくても見れないからね。そもそも、この図書館を利用すること自体が、厳重に管理されているんだよ」
王城のすぐ近くにあるこの図書館を利用するには、身元の確認やそれ相応の者の口利きが必要になる。さらには、利用する者によっては、監視が付けられるほど。
「スーフェが知りたいと思っていることは、一般図書の冒険者の本に載っていると思うよ。帰りはまた迎えに来るからね」
「はい、お父様。ありがとうございます」
(何を調べたいか、お父様にはきっとバレているみたいだね)
お父様と別れると、わたしは目的の本を探し始めた。今日のわたしの目的は四つだ。
お祖父様のこと、魔法のこと、従魔契約のこと、そして、呪術のこと。
吸収の魔石をくれた時にお父様が話していた「呪術」という言葉が、ずっと気になっていたから。
「冒険者の本と、魔法の本と、従魔契約って魔物の本かな? 呪術はきっと、魔術の本だよね?」
目に付いた本を持てるだけ持って、閲覧所で読むことにした。
ここの図書館の本は、全て持ち出し禁止。そのために、閲覧所が設けらている。
「冒険者、冒険者っと……」
その冒険者の本には、本当にお祖父様のことが載っていた。お祖父様の姿絵とともに、偉大な冒険者ということと、成し遂げられた功績がつらつらと記載されている。
お祖父様の名前は、ファーガス。多種多様な魔法を駆使し、世界を旅した伝説の勇者、と記されていた。
「伝説の勇者だなんて。お祖父様って本当にすごい人だったんだ! それなら余計に自慢してもいいんじゃないのかな? どうして禁句なんだろう?」
疑問に思いながらも、今度は別の本を開いた。そこには冒険者になる方法が記されていた。
「へぇ、12歳から冒険者ギルドに登録ができるんだ。え? 王都の冒険者ギルドには試験があるの? 地方は、えぇっ!? 一定期間その土地で経験を積む!?」
ロバーツ王国の冒険者ギルドは、王都内に本部が一つ、地方に支部がある。
王都の冒険者ギルドは試験制を導入しており、指定された試験官に勝利しなければ、冒険者として登録できない狭き門だ。
地方の冒険者ギルドには試験はない。そのかわり、一定期間その冒険者ギルドの依頼を受けなければ、正式なギルドカードが発行されず、冒険の旅に出ることができない。
それは、王都の冒険者ギルドに冒険者が集中し、地方の冒険者ギルドが過疎化してしまうのを防ぐためらしい。
「すぐに旅に出たいから、王都の冒険者ギルド一択だよね。やっぱり強くなるしかないか。それなら、次は魔法についてだね」
魔法については、概ねわたしが思っている通りだった。
魔法には、火属性、土属性、風属性、水属性魔法と呼ばれる四大属性魔法のほか、聖属性魔法、光属性魔法、闇属性魔法があると記されていた。
「あれ? 雷魔法は?」
不思議に思いながらも、ページをめくってみると、恐ろしい異形の姿をした絵とともに、雷属性魔法の記述があった。
「これが魔王? ぷぷっ、本物のにゃ王はもっと可愛いのに。まあ、絵は全く違うけど、雷魔法=魔王ってことは本当みたいだね。それにしても、清浄魔法と転移魔法の記述はやっぱりないなぁ。ルベも転移魔法に驚いていたし、本当に特別なんだね。それなら、できるだけ内緒にしていた方がいいかもしれないね。よし、次は、従魔契約だ」
従魔契約とは、魔と呼ばれるものと主従契約を交わすこと。お互いの意思の疎通も可能になる。
本契約と仮契約があり、本契約はお互いの同意のもとで主従の契約を行う。本契約をした場合、主が死ねば従も死んでしまう。
仮契約はどちらか一方の意思での契約が可能だけれど、主が死んでも従は死なない。そのため、従となるものの意に反して従魔契約を結ぼうとすると、契約を破棄したい従に主が殺されるというリスクを伴う。
本契約と仮契約では、主と従の魔力と生命力を繋げ供給することができ、それは双方にメリットがある場合が大きい。もちろん、仮契約より本契約の方がその繋がりはより強固になる。
「……ということは、神様が契約してくれたわたしとルベの従魔契約って、どういう扱いなんだろう?」
わたしは考えた。
自分の魔力がなくなれば、強制的にルベの魔力が自分に流れてくる。
ルベのことを呼べば、わたしがどこにいようがすぐに来てくれる。
わたしが死ぬと、ルベも死ぬ。
わたしが願わない限りは、契約解除できない。
「めちゃくちゃわたしに条件が良すぎるね。ルベには申し訳ないけど、神様がくれた転生特典だし、ありがたくこのまま従魔でいてもらおう。でも絶対に、わたしが死ぬ直前にはきちんと解除してあげなきゃね。よし、じゃあ、最後は呪術、だから魔術の本だね」
わたしは「魔術、魔術」と呟きながら魔術の本を探した。けれど、一向に見つからない。
「どうしてないのかな?」
そう思いながら夢中で本を探していると、ようやく”魔術“と書かれた本を見つけることができた。
----禁忌の魔術
それが、唯一見つけることができた魔術の本のタイトルだった。