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黒猫従魔と旅に出る。  作者: 海伶
第一章
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好き、を上書き

「どうしてそんなことを言うの?」


 悲しそうな目をしたカルが、わたしの顔を覗き込む。いつの間にか、わたしは泣いていた。


 そのことに気付いたカルは、すぐにわたしにハンカチを差し出してくれる。こんな時なのに、カルはとても優しい、優しすぎる。


「神様の話をしたでしょ? カルは神様がわたしのために生み出してくれた、特別な人なの。だから、……カルには、わたしに一目惚れしたという初期設定が備わっちゃってるの」

「初期設定?」


 わたしはこくりと頷いた。


「ここは乙女ゲームの世界だから、それぞれ役割みたいなものがあるの。わたしは悪役令嬢という役割が設定されていて、カルにはきっと、わたしに一目惚れした男の子っていう設定が付いているんだよ。だから、カルの中にある、わたしのことを好きという気持ちは、作られた好きで、本当の意味での好きではないのかも」


 こんなこと言いたくない。でも言わなければ、カルはずっとわたしに縛られてしまう。


「作られた好き?」

「そう、だから、……わたし以外の人を好きになったら、その時は遠慮なく言ってね」


 自分勝手なことを言っているのは分かる。わたしを好きだと言ってくれているカルに対して、失礼だということも。


 ひどいことを言っているのは自分なのに、それなのに、涙が止まらなかった。


「スーフェ……」

「でも、だからと言って、わたしも諦めないよ」


 わたしは諦めない。カルに対して恋人同士が持つような恋心がまだなくても、カルと恋愛がしたいって気持ちは、本当にあるから。


(もしかして、これが恋愛の好きって気持ちなのかな?)


 わたしにはまだ分からなかった。もしかしたら、これが初恋なのかも、そう思った瞬間、一気に顔が真っ赤になって、火が吹くほど恥ずかしくなって。


(え、えぇっ、カルの顔が見られないっ!!)


 俯いてしまった。


 そんなわたしの手を、カルが優しく握ってくれる。初めて会ったあの時と同じ優しい温もりのはずなのに、わたしの手はあり得ないほど熱を帯びている。


(無理っ、手汗、恥ずかしいっ、無理っ!!)


「スーフェの気持ちは分かったよ。でも、そんなことにはならないよ。だって、一目惚れ設定があったとしても、僕はもう、スーフェに二目惚れしたから。もしかしたら、三目惚れかもしれない。スーフェに会う度に、スーフェのことを知る度に、僕はスーフェに惚れてるんだから。もうそんな設定は、すでに上書きされちゃったよ」

「上書き……」


 その言葉に救われた。上書きすればいいだけだ、と笑ってくれるカルに、設定を大いに利用してその上をいけばいいだけだ、と納得できたのだから。


 だから、わたしも覚悟を決めた。


「それなら、わたしは何度だって、カルのことを惚れさせてみせるから。そうだよね、乙女ゲームで言うなら、初期設定の時からすでに好感度がマックスな状態なんだもの。これからそれ以上に好きになってもらうってことは、わたしたちは、めちゃくちゃラブラブな夫婦になれるってことだよね」


 あれほど嫌がっていた乙女ゲームに例えるなんて、本当におかしな話だと思う。けれど、そう考えた時、不思議とわたしの心が落ち着いた。


(ここは乙女ゲームの世界だから)


 だから、これから恋愛することで、好感度は上がるし、何もしなければ好感度は下がる。それはきっと、普通の恋愛と同じ。


 ただ、カルとの恋愛にはシナリオはないし、もちろん断罪イベントもない。


(全ては、わたし次第ってことだよね)


「よし! そうと決まったら、覚悟してよね、カル!!」


 最後には、わたしは屋敷中に響き渡るほど大きな声で叫んでいた。


 一方のカルは、俯いて肩を震わせていた。その姿を見たわたしは焦る。


(えっ、カルのことを怒らせちゃった? そうだよね、わたしのことを好きって言ってくれていたのに、一度はその気持ちを蔑ろにしてしまったのだから)


「カル、ごめ……」

「あはははははっ!」


 わたしが謝ろうとした瞬間、その言葉をかき消すように、今までにないカルの大きな笑い声が響き渡った。だから、さらにわたしは焦った。


(わたし、変なこと言っちゃった? いや、前世とか神様とか乙女ゲームとか、すでにいっぱい変なことは言ってるよね)


「あはは、本当にスーフェはおもしろいね。今もまた、スーフェを好きって気持ちが、大好きだって上書きされたよ」


 カルはわたしの瞳を見つめて嬉しそうに言った。わたしは自分が映し出されているその瞳から目が離せなかった。


「スーフェ、僕はスーフェが大好きだよ。この気持ちは僕の目の前にいるスーフェに対して、今、芽生えた気持ちに間違いないよ」


 その言葉に、嘘偽りなどこれっぽっちもないことくらい、カルの心の声を盗み聞かなくても信じられた。


 それがカルにも伝わったのか、続けてわたしに言う。


「めちゃくちゃラブラブな夫婦か。将来が楽しみだね!」


 大人びたいつもの優しい微笑みではなく、少しだけ悪戯な笑みを浮かべながら発するカルの言葉に、わたしが顔を真っ赤にしたのは言うまでもない。






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