好きという設定
わたしは今、心臓が張り裂けそうなくらいドキドキしている。
カルが会いに来てくれたのを機に、今まさに、あの計画を打ち明けたところだから。
(怒られる、嫌われる、婚約破棄ぃ!!)
嫌われて当然だとは思う。自分は遊び呆けて、堅苦しいお家問題を、カルに押し付けようとしているのだから。
けれど、やっぱりわたしには、本当のことを打ち明けないという選択肢はなかった。カルにも幸せになって欲しいから。
「うん、いいよ」
カルの返事は即答だった。お土産が楽しみだな、って言いながら笑っている。
「本当に? それよりも、わたしの話を信じてくれるの?」
「うん、スーフェが嘘をついていないことくらい分かるよ」
「もちろん嘘はついてないよ、でも……」
全く顔色一つ変えることなく、にこりと優しい笑顔でわたしを見つめてくれるカルに、わたしは少しだけ目を逸らしてしまう。
(本当に、こんなおいしい話があっていいの? さすがに、わたしに都合が良すぎない?)
わたしはカルに全てを話し終えたところだ。罵倒されることも覚悟の上で、全てを話した。
前世のことも、神様とのことも、乙女ゲームのことも、密かに画策していた、わたしとカルのこれからのことも。
(怖い、うまくいきすぎて怖すぎる。もしかして、カルには別の思惑が?)
「もしかして、カルは侯爵っていう爵位が欲しかったりするの?」
わたしは失礼を承知で、どうしてもはっきりとしておきたかった。わたし目的かオルティス侯爵家目的か。
「まあ、確かに、爵位は魅力的だよね」
「えっ……」
頭の中が真っ白になって、続く言葉も出なかった。
同時に、カルが甘い言葉で「もちろんスーフェだよ」と囁いてくれることを期待していた自分が恥ずかしい。
(そんなの当たり前じゃない! どうしてショックを受けてるのよっ、でも、泣きそう……)
必死で涙を堪えるわたしに、カルは優しくその真意を説明してくれた。
「僕は三男だから、ゆくゆくは家を出なければいけない。もちろんスーフェのことを幸せにする自信はある。けれど、安心してかつ生活の質を落とすことなくって考えると、婿養子になれるのなら、僕はとっても嬉しいよ」
「それって、つまりは、わたしのため……?」
わたしの言葉に、カルが微笑みながら頷いてくれる。瞬間、一気にわたしの顔が赤くなった。
まさか、肩書が欲しい理由が自分のためだなんて、そんなこと思ってもみなかったから。
「僕ね、初めてスーフェに会った時に、スーフェに一目惚れしたんだ」
「……一体、わたしのどこに?」
普通なら嬉しい言葉のはずなのに、一瞬にして、どん底に突き落とされた。
はっきり言って、初めて会った時のわたしに惚れる要素なんてないと思う。強いて言えば、この容姿くらい。
(やっぱり神様の”埋め合わせ“だから? カルはわたしを好きになってくれたわけではなく、好きという設定なだけ?)
そう考えた時、わたしの胸がちくりと痛んだ。けれど、そう考えれば全てが納得がいく。
ここは神様が作った乙女ゲームの世界。
スフェーンに一目惚れしたという設定の男の子が追加されても、きっと不思議ではない。
すでに、乙女ゲームにいるはずのない魔王だって、神様の力で存在しているのだから。
「どこに、って言われると、正直言って難しいな。本能的なもの?」
(やっぱり、そうだよね)
具体的な理由はない。だって、そういう設定なだけだから。
「でも、こうして一緒にいると、スーフェのことをたくさん知れて、もっと好きになっていくよ。スーフェはとっても可愛いし、素直で面白い。普通なら、前世とか神様だとか、隠すだろうことも、素直に言っちゃうところとか。だから僕は、スーフェが僕のことをまだ本当に好きじゃなくても、好きになってもらえるように頑張るね」
「……」
わたしに返せる言葉などなかった。図星だったから。
わたしはカルに対して好意はある。だって、かなり好みのタイプだから。それに優しいし、一緒にいると心地良い。
ただ、これが本当に恋心なのか、と聞かれたら、正直言って分からない。恋人同士が持つ愛情には、まだ至っていないと思う。
だからこそ、これからゆっくり恋愛していけばいい、カルとなら恋愛できる、と思ったのだから。
(カルはわたしに巻き込まれて、この世界に生まれてきたのだとしても、カルにはわたしに縛られることなく生きていってほしい)
だから、わたしは腹を括らなければならない。
「ねえ、カル。もしね、わたし以外に好きな人ができた時は、遠慮なく言ってね」
精いっぱいの笑顔を作って、わたしはカルに告げた。