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黒猫従魔と旅に出る。  作者: 海伶
第一章
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乙女ゲーム

「この世界が乙女ゲームの世界だったなんて、本当にあり得ないよね」


 改めてそう思うと、ため息しか出ない。けれど、わたしの立ち直りも早い。


「でも、もうこの世界に生まれちゃってるんだから、どうしようもないよね。それよりも旅だ! 楽しい冒険の旅がわたしを待っている!! 旅にさえ出ちゃえば、乙女ゲームなんてどうでもいいし」


 悪役令嬢としての役割をボイコットする、と心に決めているわたしにとって、目下の楽しみはうきうき旅支度だ。


 今も意気揚々と、神様に貰ったアイテム袋に必要になりそうなものを詰めている。


「食料にお布団、着替えの服も必要だよね。本当にいっぱい入るから便利だよ!!」


 そんなわたしにも、一つだけ悩んでいることがある。旅支度の手を止めて、ふうっと哀愁漂うため息が一つ。


「遠恋か……」


 カルと遠距離恋愛になってしまうこと。前世と違って、電話もメールもできない。自然消滅、という漢字四文字が、わたしの頭を過る。


 けれど、切り替えも早かった。


「……でもまあ、今だって毎日会えるわけじゃないし、手紙も頻繁にできるわけじゃないから、旅に出てもそんなに変わらないか」


 わたしは王都の街、カルはフルーヴ伯爵領に住んでいる。前世で言えば、今が遠距離恋愛みたいなもの。それでもわたしたちの仲は順調だ。


「それにしても、このアイテム袋って本当にすごいよね。予備の袋は押入、じゃなくて、宝箱に入れて保管しておけばいいのかな?」


 だって、中に入っている物が同じなら、二つとも持ち歩く必要なんてないのだから。


 そこでわたしは閃いた!


「だったら、旅に出てる間は、アイテム袋をカルに預かってもらうってのはどうかな? そしたら、手紙だって一瞬で渡せるってことだよね? むしろ旅に出たら、今よりも密に連絡が取れるってことだもの。そうだ! 清く正しい男女交際の第一歩は、やっぱり交換日記だよね。よし、カルと交換日記をしよう!」


 偶然にも、アイテム袋の中の空間が繋がっていてくれたおかげで、わたしとカルの心も繋ぎ止めてくれるなんて。


「神様グッジョブ! やっぱり本物の神様だったんだね!! 神様ありがとう!!」


 わたしって、非常に都合のいい女だと思う。


「欲を言えば、学園にカルと一緒に通って、きゃっきゃ、うふふ、な青春もしたかったな。でも、学園って乙女ゲームの舞台だろうし」


 今まで逃げることだけを考えていたから、あのふざけた名前の乙女ゲームのことは、真面目に思い出そうとはしていなかった。


「思い出しておいて損はないよね。備えあれば憂いなし、って言うし、潰せる破滅フラグは潰しておこうかな」


 とうとうわたしは、その重い腰を上げた。どうして、思い出すことに乗り気でないのかと言うと……


「でも、はっきり言って、覚えていることが少ないんだよね」


 前世では、友達付き合いの一貫として乙女ゲームをプレイしていた。だから、全てのルートを攻略したわけではない。

 友達からのネタバレでしか知らないこともたくさんある。


「タイトルからしてふざけてるし、思い出す気が失せるよね」



 そのふざけた乙女ゲームのタイトルは

     マジDEATH

だ。正式なタイトルすら覚えていない。覚える気もなかった。


 続編も発売されていたことは知っている。けれど、こちらもほとんど記憶にない。



 田舎の教会で、聖女の力を目覚めさせたヒロインのベロニカが、魔法の学園に通うことになり、そこで攻略対象者と呼ばれるイケメンたちと、命懸けの恋愛をする。


 攻略ルートは全部で三つ。イケメン王子ルート、イケメン双子ルート、イケメン特待生ルートだ。


 ハッピーエンドでは、全ルートで幸せな結婚を迎えられるものの、バッドエンドは悲惨なものだった。


 王子ルートの投獄エンド。双子ルートの監禁エンド。特待生ルートの逃避行エンド。


 ちなみにどのルートを選んでも、悪役令嬢のスフェーンは死亡エンドだ。


 悪役令嬢の基本的な役割は、貴族令嬢という立場を大いに悪用して、ヒロインを苛めること。


 しかも、この悪役令嬢が困ったちゃんで、魔法はほとんど使えないのに、イケメンたちには色目を使う。


 その結果、卒業式の日に中庭での断罪イベントが待ち受けている。



「……だったかなぁ? やっぱりあまり覚えてないや。何かヒントを貰えれば、少しくらいは思い出せる気もするんだけどな」


 仕方ないよね、とわたしは他人事。


「ぶっちゃけ、破滅フラグを回避しろ、って言われても、覚えてないんだから無理だよね。やっぱり学園に行かないのが一番ってことか」


 けれど、わたしには、冒険の旅に出ること自体を阻む、最大の敵がいるのを忘れてはいない。お母様だ。


 いまだにお母様の前では、魔法を使うことができないでいるのだから。


「あれ? もしかして、乙女ゲームのスフェーンが魔法を使えない原因って、お母様だったのかな?」


 そう思えば辻褄があう。普通の貴族の家なら、家庭教師を付けてでも、魔法学園入学に向けて、魔法を習うのが常だからだ。


 もしそうなら、余計に魔法を使えるようにしておきたい。ほんの些細なことでも、乙女ゲームのスフェーンとは違う自分でいたいから。


「そうだ! カルにも、旅に出たいってことをきちんと言わなきゃいけないよね。だって、婚約者様だもの。隠し事はないほうがいいに決まってる。それに、将来のこともあるし」


 わたしは一人娘。オルティス侯爵家の後継問題は、確実にどうにかしなければならない。

 だから、わたしは真面目に考えた。そして名案を思いついてしまう。


「カルが真面目に学園に行って、卒業と同時にわたしと結婚をして、子宝に恵まれる。っていうのが理想だよね。侯爵家に関する全ての仕事はカルに引き継いで貰えばいいし、わたしはお飾りの侯爵夫人で全然オッケーだし」


 わたしは密かに画策した。……がすぐに良心の呵責に耐えきれなくなる。


「やっぱり、カルにだけは、洗いざらいきちんと全部話して、許可を得よう。それこそが、夫婦円満の秘訣だよね。カルにはカルの人生があるんだから」


 もし嫌だと言われたら。……そのことは考えたくなくて、わたしはがむしゃらに、旅の準備を再開した。






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