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黒猫従魔と旅に出る。  作者: 海伶
第一章
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魔王(過去)

「暇だ」


 今日も不機嫌な声がわたしの耳に届く。そのすぐお側で、わたしがせっせと働いているというのに。


 けれど、その不機嫌な声の主ーー魔王様は、机に積み上げられた書類を、見て見ぬふりしている。



 魔界は今日も、平和にのんびりと時間(とき)が流れている。それもそのはず、魔界の秩序は驚くほど保たれているから。


 魔界では、目立った争い事などない。人間界と然程変わらないと思う。むしろ人間界よりも平和かもしれない。


(全て、強大な力を持つ魔王様のおかげなんだよね)


 魔界にも法律があり、それに反するものは、否応なく魔王様の鉄槌が下される。人間界とは比べ物にならないほどの厳しい制裁が……



 今の魔王様のお姿は、厳しい制裁を下す魔王様と同一人物とは思えないほどのだらけぶりだ。


「なら、魔王様もお仕事してくださいっ!!」


 頬をぷくっと膨らませたわたしは、たくさんの書類を魔王様の机に、さらにバサッと積み上げた。


 それなのに、目の前の現実から目を逸らす。


「つまらん」

「文句ばっかり言わないでください。また仕事がたまっちゃいますよ?」


 ようやく目の前の書類の山に目を向けた魔王様は、あからさまに眉を顰めた。さすがにそろそろやばい、とは思い始めているらしい。


 そんな魔王様のお側で、わたしはできる限りの業務をこなす。まだ今の業務に慣れていないせいか、魔王様の本来の業務に支障をきたしているのは明らかだった。


(本当はわたしのせいなのに、ちょっと言いすぎちゃったかな?)


 わたしは魔王様をちらりと窺った。けれど、そんなことくらいで、わたしのことを咎めたりはしない。


(とっても優しい人なんだから!!)


 ふふっと笑みを溢してしまうわたしを見て、魔王様が呟くようにわたしに尋ねて来た。


「なぁ、人間界ってそんなに魅力的か?」


 魔王様がそう呟く理由はただ一つ。


「もしかして兄様のことですか? そう言えば召喚されたまま戻ってこないですね。案外ぽっくり死んでたりして」


 あはは、と明るく振る舞ってはみたけれど、ふと気が抜けばわたしの視界は涙で滲む。


(兄様のばか……)


 わたしの兄様は、人間界に召喚されたっきり帰ってこない。だから、悪い想像がわたしを襲う。


「生きているのは間違いない。ただ、うまく隠れているだけだ」

「それじゃあ、やっぱり兄様は……それにしても、兄様も魔王様から眩ますなんてすごいですね。あ、最近サボりすぎだから、魔王様の力が鈍ってるんじゃないですか?」


 わざとらしく魔王様に減らず口を叩くわたしに、魔王様はただ何も言わずに微笑んでくれる。


 だから、やっぱりそうなんだろうな、と思ってしまう。


(やっぱり兄様は……)


 それに続く言葉は考えないようにしている。そのことに魔王様も気付いていた。だからこそ、余計なことはわたしに言わないでいてくれる。


「魔王様も心配なんですか? でも正規な方法で人間界に行ったのだから、いくら魔王様でも手出しはできませんよ?」


 この言葉は、わたし自身に言い聞かせている言葉。


 魔界の法律で、人間界には無闇に手出を出してはいけないことになっている。但し、例外として、「正規な方法」で人間界に行ったものに関してはその限りではない。


 その例外の一つが召喚だ。人間の都合で呼び出したのだから、その後、人間たちがどうなっても魔界側では責任を取らない。


 今、人間界に住む魔物たちも、人間界の先人たちが自己都合で呼び出して、手に負えなくなって放置していたのが繁殖したというのが、人間界に生息する魔物たちの現状だ。


 だから、人間界で冒険者という職業が成りたっているらしい。魔王討伐というのも、厳密に言えば本物の魔界の魔王様ではなく、人間界を支配しようとする魔族の集まりの王なだけ。


「でも、だいたいみんな魔界に帰ってくるじゃないですか? こちらの方が過ごしやすいって。それに人間にとって魔族や魔物は敵なんでしょ? 失礼しちゃいますよね」 

「まあ、強大な力を持っていれば、誰だって敵となり得る。ただ、ヤツはお前の兄じゃないか?」


(やっぱり魔王様は全てお見通しなんだから、ずるいよ)


 だから、わたしは強がって考えないようにしていた言葉を口にしてしまう。


「兄様には兄様のやりたいことがあるのでしょう。わたしは人間界を支配したいとは思いませんし、それ相応の報いを受けても仕方ないと思っています。自業自得です。だけど、人間界はやはり人間のものだと思っています。それを魔族が自分のエゴで壊すことは、やはり悪いことです。共存……できれば一番いいんですけどね」


 わたしの言葉を聞いた魔王様は、「やれやれ」と言った表情でわたしを見てくる。まるで妹を見るかのように。


(妹、か……)


 少しだけ、胸がちくりと痛む。けれど、わたしはこれ以上何も失いたくない。兄様に続いて魔王様までいなくなってしまったら、きっと泣く。泣き喚く。


 それなのに、天邪鬼で素直になれないわたしは、言わなくてもいいことを言ってしまう。


「そんなに心配なら魔王様も召喚されればいいんじゃないですか? きっと魔王様ならやりたい放題できますよ? でも、もし魔王様が人間界に行くことがあったら、征服なんてしないでそれを止めてあげてください。どんな方法を使ってでも。……って、魔王様を召喚するのは流石に無理ですよね。神様の悪戯くらいじゃなきゃ」


 魔王という存在は特別で、生まれた瞬間からその使命が決まっているのだから。


 そして、次の魔王様が生まれ育った時にその任が解除される。任を解除された元魔王様は、その時点で魔王様としての強大な力はなくなる。


 その後は、それなりの魔力を持つ高位魔族として生きていくことになる、と囁かれている。本当かどうかは定かではないけれど。


 そのため、魔王様の座を狙う権力争いはこの魔界にはない。けれど、不満を持つ者はどの時代にも一定数いるらしい。


 自分の力を試したい、全ての者の上に立ちたい、そんな野望を持つものが、人間界に召喚されてしまうと、どうなってしまうのかーー魔界を征服できない代わりに、人間界を征服することを企ててしまう。


「もし、俺が突然いなくなったら魔王業務はどうする?」

「魔王様の次の魔王様が生まれるまでは、代理としてわたしが頑張る? ……それは絶対に嫌です!! わたしも魔王様について行きます!!」

「ふっ、お前らしいな」


 魔王様の珍しく楽しそうに笑んだ顔が、わたしの頬を一気に赤く染めあげた。


(ずるい!! 本当にずるすぎる!!)


 そして、その会話から程なく、魔王様の姿が魔界から忽然と消えてしまった。

 突然のことすぎて、あの言葉が現実となってしまって、泣くに泣けなかった。



 本当に、神様の悪戯だったのだから。






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