にゃ王は元魔王
「ところで、自称神様、ここは乙女ゲームの世界だよね? でも魔王がいるのはどうして?」
わたしはルベの方を見ながら自称神様に尋ねた。
乙女ゲームに魔王は出てこなかった。それは断言できたから。さすがにそれくらいは覚えていた。
「もちろんスーフェちゃんが、最強の従魔と冒険がしたいって言ったからでしょ?」
「まあ、確かに言ったけど。だからと言って、魔王ってあり得ないでしょ? 確かに“魔”は付くけどさ。それに冒険ファンタジーの世界でいうところの魔王って、人間の世界を滅ぼしたりするから、討伐しなきゃいけないよね? ルベも悪い魔王なの? 悪い魔王には見えないよ? だって、にゃ王だもの」
(どう見ても、にゃ王は可愛い黒猫ちゃんだもの。それに、もふもふは正義に決まってるし)
わたしの言葉がよほど不本意だったのか、傍観に徹していたルベが文句を吐いた。
「聞き捨てが悪い。俺は人間界に興味がない」
フンっと、そっぽを向くルベは、人間界を征服する気など全くなさそうだ。
「スーフェちゃんのために説明してあげる。僕の作ったこの世界には、大まかに人間の住む世界『人間界』と魔族や魔物が住む世界『魔界』がある。基本的にお互いは干渉しない。魔族や魔物が人間界に来るには、召喚されることが今のところ唯一の方法なんだ。ちなみに人間が魔界に行った前例はないよ」
「じゃあ、ルベはどうしてなの? 誰かが召喚したの?」
「俺はいきなり人間界に連れてこられた。いきなり人間界に飛ばされたと思ったら、従魔になってた」
しかもこんなチビの……と言いたそうな視線を感じる。だから、慌ててその視線を別に向けさせる。
「やっぱり、自称神様のせい?」
「僕のせいって、人聞きが悪いよ。さっきも言ったけど、スーフェちゃんの頼みじゃん。大丈夫、代わりの魔王は立てといたよ。だから、そこの黒猫は、正確には元魔王だね。でも魔王の力はそのまま残しておいたから」
ルベの耳がぴくっと反応し、不機嫌そうに尋ねる。
「誰が、魔王になった?」
「魔王というか、今は代理だね。君の周りをうろちょろしていた可愛い子」
「あいつはだめだ」
「心配してるの? 君は本当に面倒見が良いね。でも大丈夫だよ。今だけだから。次の魔王を早々に探して、魔王代理の任も解くよ。しかも、僕が叶えられる願い事なら、一つだけ叶えてあげる約束をしたよ。まあ、だから大人しく引き受けてくれたんだけどね。それに、君ももう魔王に飽きてたでしょ? ちょうどいいじゃん」
自称神様はすぐに願い事の安請け合いをするらしい。
(チョロすぎる。やっぱりチョロ神だ)
「なあ、あと一ついいか? 今の俺は、死んだら魂はどうなる?」
「君は高位魔族だからね。魂の寿命を全うできれば良いのだろうけど。そうでなければ、光属性魔法か聖属性魔法で魂ごと浄化されて、反省会の後に次の生に行くか、器となる軀を見つけて乗り移るか、魂だけ延々と彷徨い続けるか、になるかな」
「チッ」
「器となるからだ?」
魔族について何も知らないわたしは、こてりと首を傾げて尋ねた。
「高位魔族は、違う軀に乗り移ることができるんだ。ただし条件があって、死にたてホヤホヤの軀か、死にそうに弱々しい軀。お互いに同意を得た軀だけなんだ。うまく魂が乗り移れないと、乗り移る能力がなくなって、魂だけが彷徨ってしまうんだ。それが一番辛いらしいよ」
「じゃあ、ルベはわたしと従魔契約をしてるから、わたしが死んじゃうとルベも死んじゃうんだよね? 場合によっては魂だけが彷徨って、一番苦しい目に遭っちゃうの!?」
「まあ、そう言うことだね」
そんなの嫌だ。けれど、きっと従魔契約を解除してしまったら、わたしの前からルベはいなくなってしまう。それも嫌。
もちろんそんなのは、わたしの我が儘なのは分かってはいるけれど。
「自称神様、一応聞いておいてもいい? わたしとルベの従魔契約って、解除する時はどうすればいいの?」
「僕が結んだ特別な契約だから、簡単には解除できないようになってるんだ。でも、スーフェちゃんが本当に望んだ時にだけ解除できるように設定しておくね。脅迫されて解除とかはできないからね」
自称神様は、ルベを見ながら念を押すように言った。それはきっと、わたしを思ってのこと。
「これで終わりでいい? スーフェちゃんは可愛いから、もっと優しくしてあげたくなっちゃうけれど、これ以上は人生つまらなくなっちゃうだろうからさ」
何となく、うまく言いくるめられてる感が否めない。だって、わたしが悪役令嬢で、ここが乙女ゲームに世界であることは変わらないのだから。
だから、わたしはジトリとした視線で自称神様を見た。
それに気付いた自称神様は、はぐらかすように、贈り物を差し出してくる。
「忘れないうちに、約束のアイテム袋だよ。二袋ね。この二つの袋は、中の空間が繋がっているからね」
「自称神様、ありがとうございます!」
それを手にした瞬間、わたしは全てを忘れて喜んだ。
まるで、猫型の青い狸が持っているポケットのような素敵ものだったから。ただ、残念ながら、形は半円形のポケット型ではないけれど。
「やったぁ! これで冒険のために色々と備蓄ができる! 悪役令嬢なんてボイコットして、絶対に冒険の旅に出てやるんだから!」
わたしの歓喜の叫びに、自称神様は、何か言いたそうだ。もちろんわたしは無視をした。
「自称神様、わたしこの世界で頑張るよ。いろいろとありがとう」
「どういたしまして。でも、そろそろ自称は付けなくてもいいんじゃないの? 僕は本物の神様だよ?」
「……一応、検討しておくよ。けれど、自称神様は、どうしてそんなにわたしに優しいの?」
「だって、僕の命を助けてくれたじゃない。まあ、あれで僕は死ぬことはなかったけれど。見て見ぬ振りをする人が多くなった世界で、助けてくれようとしたその気持ちは、やっぱり嬉しかったから。でも、自分の命も大切にしなきゃだめだよ」
自称神様はにこりと笑って、消えていった。
「神様、本当にありがとう! 今度からは、神様って呼ぶからね!」
聞こえているか分からない。けれど、わたしは空に向かって思いっきり叫んだ。