婚約?の申し込み
(この男の子は、誰?)
目の前のその男の子は、今もわたしを心配そうに見つめてくれている。けれど、わたしはこの男の子のことを全く知らないし、見覚えもない。
そして何より、優しくわたしのことを抱きかかえてくれているなんて。
(えっ、待って!? 何なの、この状況!?)
胸の高鳴りが抑えきれない。はっきり言って、男の子にこんな優しくされたことなんてなかったから。キャパオーバーなわたしの思考は停止した。
わたしが目を覚ましたことに気付いたのか、その男の子は、ふわりと優しくわたしに向かって微笑んでくれた。
(えっ、良すぎ……)
その優しい笑みに、きゅんと胸がときめいた。一瞬にして、わたしの顔が赤くなったのが分かった。
「大丈夫?」
「う、うん……」
返事をするだけで精一杯。だって、恥ずかしすぎるから。恥ずかしさのあまり、思わず目を逸らしてしまう。すると
(そうだ、ここは乙女ゲームの世界だった……)
わたしの視界に、あの双子の姿が映ってしまい、現実に引き戻されたわたしは、ようやく思考も動き始めた。
同時に、あの時に、わたしの頭の中で囁かれたあの「埋め合わせ」という言葉が、頭の中を反芻する。
(もしかして、埋め合わせって……)
それしか考えられなかった。
(泣く。わたしのときめきを返せ。乙女ゲームの関係者にだけは、絶対に好きにならないんだから!! でも……)
一体この男の子は、誰なのか。敵か味方か。
(この世界はきっと、あのふざけた名前の乙女ゲームの世界だと思う。あの双子が攻略対象者。問題は、突然現れたこの男の子の存在だよね?)
黙りこんでいるわたしに、再び男の子は優しい口調で声をかけてくれた。
「大丈夫? 痛いところはない?」
わたしはその優しい声に導かれるように、ゆっくりと顔を上げ、男の子の顔をじっくりと見た。
(有りよりの有り……)
はっきり言って、グッジョブだとしか思えない。双子と良く似てるけど、少しだけ違う。この男の子はキラキラしすぎていないから。
(やっぱり分からないよ。この男の子は一体誰なの?)
記憶を手繰り寄せよせても、見覚えのない男の子。先ほどのフルーヴ伯爵家との歓談の場にもいなかった。だから思った。
(ここは本人に聞いてしまうのが一番だよね)
失礼かもしれない、などとは言っていられない。
「大丈夫だよ、ありがとう。それで、あなたは誰なの?」
「カルセドニーだよ。フルーヴ伯爵家の三番目の末っ子だよ」
わたしの突然の質問にも、カルセドニー様はにこやかに答えてくれた。けれど、その答えがあり得ない。
(えっ、双子の弟? 嘘、でしょ?)
フルーヴ伯爵家とは、先ほど全員と顔合わせをした。絶対に間違いない。このカルセドニー様は、歓談の場には絶対にいなかった。
「嘘でしょ? さっき歓談の場にいなかったよね? あなたたちに弟なんていないでしょ?」
わたしは、今度は双子に向かって尋ねた。
「何を言ってるの? カルは弟だよ」
「カルはずっと一緒にいたよ」
さも当たり前でしょ、というように、双子は平然と言ってのけた。
(嘘!? 絶対にいなかったよ。どうなってるの?)
わたしは再び記憶を手繰る。今度は前世の乙女ゲームの記憶だ。
そこにカルセドニーという登場人物はいなかった。カルセドニーも宝石の名前だから、宝石が大好きなわたしが忘れるはずがない。
(ということは、このカルセドニー様は乙女ゲームの物語とは関係ないってことだよね? 背景のモブまでは、さすがに覚えてないけれど、そう言うことだよね?)
物語に関わってくる存在でなければ……
(イケる! しかも三番目ってことは、婿入りも可?)
わたしは一人娘だから、結婚相手が婿養子になってくれれば、お父様とお母様もきっと喜んでくれるはず。
(でも、もう一押し。他に何か決め手があればいいのにな。何かないかな?)
わたしは必死だった。婚約者の存在というものも、確実に乙女ゲームに関わってくるから。
そして何よりも、生涯共にする伴侶だからこそ、妥協はしたくない。
(わたし、絶対に幸せになりたいもん!)
わたしはカルセドニー様をじっと見つめた。今もまだ、抱きかかえてもらったまま。だから、とても距離が近い。
(見た目は文句ない。それに優しい。頭の良し悪しは分からないけれど、健康で長生きしてくれるのが一番だし。あ、ステータス!!)
わたしはいい方法を思いついた。わたしのスキル【鑑定】だ。
(ここで使わずしていつ使う? 今でしょ!! あっ、なんか見えてきた。精霊の加護? 良さそうじゃない! 精霊に好かれる人に悪い人はいないはず! 決めた!!)
思い立ったが吉日、わたしの行動は早かった。
わたしは一気に立ち上がり、カルセドニー様と向き合った。カルセドニー様も、わたしの突然の行動にも微笑みながら、空気を読んで立ち上がってくれる。
そして、次の瞬間、
「カルセドニー様! わたしと結婚してください!!」
婚約ではなく、結婚を申し込んでいた。