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黒猫従魔と旅に出る。  作者: 海伶
第六章
123/125

真紅色の……

 わたしは今、最高に絶不調だ。


「大丈夫? 珍しいわね、スーフェが体調不良なんて」

「お腹が痛いの? 何を食べても、お腹なんて壊したことがなかったのに」

「……」


 不調の原因は何となく気付いていた。だからこそ、ベロニカとケールの心配してくれる言葉に、口を噤んでしまう。


「「ねえ、もしかして?」」


 たぶん気付かれた。ベロニカとケールが顔を見合わせて声を揃えたのだから。


「ルベちゃんには言っておくから、今日は帰ったら?」


 みんなわたしの身体を一番に心配してくれる。自分でも大人しくしているべきだということくらい分かってる。


 けれど、行かなくちゃ絶対に後悔する。後悔して、八つ当たりしてしまうかもしれない。もちろん要らぬ心配かもしれないけれど。


 それくらい、ルベのことも大切だから。


 それにどうしてか、わたしが行かなくちゃ、ルベにもう会えなくなってしまう気がしてならなかったから。


「行く。だって、ルベの様子がおかしすぎるもの。それに嫌な予感がするの。大丈夫、無理はしないから。わたしの隣には聖女様だっているんだから! よろしく頼むよ!!」

「スーフェ……」

「それにケールこそ、子育て真っ最中なのにごめんね」

「心配しないで。たまには息抜きも必要だし。それに、転移術のおかげで、すぐに行き来できるんだもの」


 全てをブルース様に押し付けてきたわ、と言うケールはとても頼もしい。


「それにしても、完全装備で来い、だなんて、とうとう“にゃ王”として、私たちに戦いを挑む気なのかしら?」


 わざとらしく光の剣を握り締めて、ケールは笑う。


「死んじゃう、死んじゃう!! ルベが間違いなく死んじゃうよ!!」

「それ以外の方法でルベちゃんと戦うとなると?」

「じゃあ、久しぶりにルベの心を盗むなんてどう? それとも猫可愛がる?」

「どちらもルベちゃんにとっては地獄ね」


 交換日記に書かれていたことは「完全装備で集まれ」という呼び出しだった。


 その指定の日が今日だ。わたし、ベロニカ、ケール、一言も喋ってないけれど、カルをご指名で。


「久々の冒険者モードも気分転換にいいわね」

「マリリンちゃんのところにも挨拶に行きたいわ」

「ルベの用事が終わったら、みんなでマリリンのところに遊びに行こうよ!」

「「さんせ〜い!!」」


 そんな風にのんびりと歩いていたのが嘘のように、指定された待ち合わせ場所に着くと、目の前では相当にやばい状況が繰り広げられていた。


「ルベ! どうしたの!? そいつ!!」


 その光景に、驚きを隠せずに叫んでしまう。


 だって、あの日、わたしが放った蒼き火焔によって死んだはずのゲルガー公爵がそこにいたのだから。


 それに、ゲルガー公爵の中にいるのは先代魔王のはずなのに、何となく違和感を覚えた。


「シアン……」


 違和感の正体はすぐに分かった。その身に纏う黒い魔力に覚えがあったから。シアンのあの魔力だ。


「チビ、もうちょっと待て。まだ来るな。せめてお前だけは絶対に……」


 ルベの制止する声に足を止める。


「嘘、ルベが負けてる……?」


 見るからに満身創痍のルベの姿に、続く言葉が出ない。ゆっくりと、わたしたちの方へとゲルガー公爵の姿をしたシアンが顔を向けてくる。


「魔王様が軀をくれないのなら、もうどんな軀でも、文句は言ってられないですね」


 薄気味悪い笑みを浮かべ、そう呟くと、わたしに狙いを定めたことが分かり、背筋がゾクッと凍る。


 ゲルガー公爵の軀も、ルベ以上に酷い状態だった。


 わたしたちがここに来るまでの間に、どれだけの戦いが繰り広げられていたのかを物語るほど。


「……分かった。俺の軀をやる。その代わり、あいつらには絶対に手を出すな」

「ルベ!?」

「本当に、腑抜けに成り下がったんですね。人間如きに絆されるなんて」

「ふっ、何とでも言え。さあ、俺の軀を奪え」


 ひらひらと両手を上げ、ルベはわざとらしく降参の合図をする。


「……でも、今更それではつまらないですよね」


 その瞬間、わたしたちの立っている地面が光った。そして、一気に崩れ始める。


「さすがに、これくらい大丈……!?」


 崩れ落ちる地面からうまく飛び退いて着地をした瞬間、くらり、と立ちくらみがわたしを襲う。身体が思うように動かない。


 それなのに、気付いた時には目の前に一気に攻め込まれていて。わたし目掛けて刃が向いていた。


「……くっ、スーフェ、大丈夫かっ?」

「カル……!?」


 カルがわたしの前に立ち攻撃を往なしてくれた。同時に、ルベがわたしを抱きかかえ、安全な場所へと避難させてくれる。


「ごめん、またルベの足手纏いになっちゃった……ねえ、今、何が起きてるの?」

「それより、身体は大丈夫か?」

「えっ? うん、大丈夫だけど」


 そう言って、ルベはわたしのことを注意深く見ていた。何となく何かを探っているような気がしたことで、わたしは漸く腑に落ちる。


 ルベはきっと、この前会った時には気付いていたのだろう。だから、わたしだけは来るなと念を押していた。


 ルベはいつもわたしのことを考えてくれていると言うのにその忠告を無視して、結果、命懸けの戦いの邪魔しかしていない。


「ルベ、ごめんなさい……」


 謝ることしかできないわたしを前に、ルベは目を見開いてぴたりと視線が止まった。


「チビ、それ……」

「えっ?」


 その視線の先には、わたしの防具に縛り付けられた小さい袋があった。


「これのこと? 魔石だよ」

「何のっ!?」

「吸収の、だけど?」


 わたしが7歳の誕生日にお父様から貰った魔石だ。これだけは必ずお守り代わりに持ち歩いている。わたしの大切な宝物。


「その魔石から、吸収の能力を盗んで俺にくれ!!」

「な、何を言ってるの?」

「いいから、早くっ!」


 ルベの意図は分からなかった。けれど、必死さは痛いほど伝わってきた。だから、余計に言い辛かった。


「でも、できないよ。だって、この吸収の魔石はわたしのだから盗めないんだよ」


 わたしの【盗】のスキルは、わたしの物は盗めない。


「だめ、か……」


 ルベが項垂れる。きっとそれほどこの吸収の力が必要なんだろう。


「スーフェ、大丈夫?」


 ベロニカとケールが駆け寄ってきてくれた。ベロニカと……


「ベロニカっ!! 今、吸収の魔石って、持ってる?」

「吸収の魔石?」

「ずーっと前に、わたしのお父様から貰った魔石!」

「ああ! 高値で買い取ってくれる人がいたら売ろうと思っていたあの魔石ね。もちろん今日も持ってるわ」


 売ろうと思っていたなんて、やっぱりベロニカは今日もブレない。


 ベロニカは「これでしょ?」と袋ごと見せてくれた。


「ベロニカ、ごめん!!」

「えっ?」


 その袋を奪うように取ると、わたしはベロニカの許可を得ず、吸収の魔石から吸収の能力をわたしの手の上に盗もうとした。


 正直言って、賭けだった。


 わたしの盗のスキルで吸収の能力を盗むのが先か、吸収の魔石にわたしの魔力が吸収されてしまうのが先か。


 でも、わたしの盗のスキルは神様がくれたチートスキルだから、絶対にできる気がした。


「できた!! ベロニカ、埋め合わせは必ずするからね! ルベ、盗んだ吸収の能力だよ、あげる!!」


 そして、盗んだ吸収の能力を、ルベに譲り渡す。


 すると、吸収の能力が、ルベの身体に吸い込まれるように入っていった。きっとうまくいった。ルベもそれを感じたのだろう。


「チビ、やる。効果は無くなっちまうけど」


 そう言いながら、ルベは吸収の能力がなくなったわたしの手の上に、真紅色に輝く魔石を置いた。


 ルベの瞳の色と同じ色に輝く、美しい真紅色。


 その魔石からは幼い頃から良く知っている魔力、凄まじいはずなのに心底安心する魔力が感じられた。


 その魔石に何の効果があるのかは分からなかったけれど。……でも、嫌な予感がした。


 わたしの嫌な予感は、ほぼ当たる。この時も、それは例外ではなかった。


 わたしの目の前から、一瞬にしてルベは消え、次の瞬間には、シアンの目の前に転移していた。


 初めて見る転移魔法に、シアンはすぐに反応できなかったみたいで、ルベは逃さないようにガッチリとシアンを掴んで離さなかった。


 わたしにはルベのやろうとしていることがすぐに分かった。


「シアンの魔法や魔力を吸収しに行ったんだ。ルベったら、すごいことを考えたんだね!」


 盗んだ魔法やスキルは、その使い手によって力も増幅する。


 それは、ケールから光魔法を盗んだ時に、思いのままに光魔法を使いこなせたことで、わたしは実体験していた。


 ルベほどの魔力を持つ人が吸収の能力を使えば、おそらく全てを吸収できる。


 すぐにそれを理解したわたしは喜んだ。


 それがどういう結果を招くことになるのか、少し考えれば分かったはずなのに……





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