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黒猫従魔と旅に出る。  作者: 海伶
第六章
122/125

元魔王として

 ……ヤツらは、絶対に死んでいない。


 俺にはそれが分かっていた。


 高位魔族は、軀が消滅しようとする時、魂を他の軀に乗り移らせることで、生き長らえていく。


 乗り移れる軀の条件は、死ぬ直前の軀、死んですぐの軀、同意のある軀。


 乗り移ることができなかった時は、乗り移る能力も消え去り、一生魂のみがこの地を彷徨うことになる。


 誰にも気付かれることなく、誰にも知られることなく、ただひたすらに彷徨う。


 しかし、例外もある。


 一つは、光属性魔法と聖属性魔法で高位魔族の魂は浄化することができる。そして、魂は生まれ変わりの輪廻へと巡ることができる。


 もう一つは、全てを燃やし尽くすことのできる蒼き火焔という特別な魔法による魂の消滅。


 あの時は、後者だった。


 軀も魂も全てを燃やし尽くし、全てが終わったと思った。俺以外の者は皆。



 

「本当に一人で来たのですね。とうとう見捨てられたのですか? 人間なんてそんなものですよ」


 ふっ、と鼻で笑うヤツらを前にし、きっと相容れないだろうことは分かった。


 あの日、スーフェの放った蒼き火焔によって、シアンと先代魔王は死んだと思われた。


 けれどあの時、シアンが魔力を込めた紙を落としたのを俺は見逃さなかった。


 そして今、俺の想像通り、ヤツらは目の前にいる。


 戦いはまだ終わっていなかった。


 今、この状況でも、可能なら思い直して欲しいというのが本音だ。大人しく魔界に帰ってくれさえすれば、漸く全てが終わる。


 だから、無駄だと思いつつも説得を試みる。一縷の望みをかけて。


「人間もなかなかいいぞ? 俺も次は人間でもいいかもな」


 生まれ変わるとしたら人間でもいい。本当に、そう思った。人間も、魔族も変わらない。どちらも、良いところと悪いところがある。


 お互いに、共生できるのが一番いいと思った。魔族を一つの存在として認めてくれる人間がもっといてもいいと思った。スーフェみたいに。


「軀も無事に治ったようですね。我が妹の力ですか? 召喚にも応じないでバカな妹だと思っていましたが、なかなかの腕をしているんですね。おかげでその軀を諦めなくてすみそうですよ」

「この軀は最悪だぞ。あのチビとずっと繋がっているんだから。俺がどこにいるのかだってきっと丸わかりさ」


 けれど、意外とそれも悪くないと思ってしまっている。それは、側から見ても分かるみたいで。


「言葉のわりに、随分と嬉しそうですよ。そんな顔は初めて見ました。ずっと長く一緒にいたのに……」


 俺もシアンのことを信頼していた。


 シアンがいれば、あの終わりの見えない魔王業務も、意外と楽しいんじゃないかと思えるくらいに。


「だったら、どうしてこんなことを?」

「長く一緒にいたからこそ、ずっと魔王になれない屈辱を味わってきた。どう足掻いても、私は魔王にはなれない」

「魔王なんて、そんな良いものじゃないだろ?」


 俺の言葉に、シアンは何も言わない。そもそも魔王になる者は生まれながらに決まっている。つい最近、例外も生まれたけれど。


 シアンは、絶対になれないと分かっていたからこそ、それに固執してしまったのだろう。


「あのままあなたの側近として朽ちていくことも考えましたよ。でもそんな時、私は人間界に召喚されたんです。絶好の機会だと思いましたよ。あの魔術師の軀は正常だったけど、精神はギリギリだった。少し甘い言葉を囁いただけですんなりと入り込めた」


 その言葉に、腑が煮え繰り返りそうなほどの苛立ちを覚えた。


「あの時、わざと魔術師、ヨシュアに軀を譲ったんだろ……」

「ご名答。正直、あのお嬢さんが私と同じ魔法が使えるなんて想定外でしたからね。さすがに身の危険を感じましたよ。だから、計画を立て直すためにも、あの軀は捨てたんです」

「ヨシュアが自死を選ぶことは想定のうちだったのか」

「はい。そしたら、私はあの軀を抜けられ、新しい軀に移れる。まあ、この軀も所詮仮宿ですがね」


 ヨシュアの軀から抜けた後、ゲルガー公爵の軀に入る。それは事前に先代魔王の同意を得ていたことなのだろう。


 おそらくゲルガー公爵の短剣を奪ったことが撤退を意味していた。


 ヨシュアの軀にいたことで魔術を学んだシアンは、ゲルガー公爵の軀に入った後、転移術で転移した。


 一度目に対峙したあの日、俺がシアンの目の前で転移した時のように。紙に描かれた転移の魔術陣を使って。


 おそらく先代魔王は魔術を使えない。だから、ゲルガー公爵の中に入っている先代魔王は、あの状況では同意することしか生き残る術はなかった。


 そして今、シアンの方がゲルガー公爵の軀の主導権を握っている。それはきっと、シアンが先代魔王を召喚したからなのか。


「殺す気で戦っていいんだな」

「優しいあなたにはきっとできない。それに、私たちだって、可能な限り綺麗な状態でその軀をいただきたい。だから、素直に同意してくださると嬉しいのですが? じゃないと……」


 俺を取り囲むように、下級魔族と魔物たちが取り囲む。


 俺が魔界に帰っている間、シアンの召喚には決して応じないようにさせていたおかげか、数はそれほどでもなかったが、やはり厄介だ。


 俺には光属性魔法も聖属性魔法も、蒼き火焔も使えない。だから、シアンたちに最後のとどめを刺すためにはスーフェたちの協力が必須だ。


 けれど、スーフェたちには新しい生活がある。その生活に支障が及ばないように、一振りで終わらせることができるように。


 きっと、これが元魔王としての最期の戦いになるだろう。


「ふっ、これだけか。甘くみられたもんだな。もうお前たちの好きにはさせない」

「強がっていられるのも今のうちですよ?」


 そして、最後の戦いが始まった……





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