卒業後のひととき
「うっわ! めっちゃくちゃ可愛い!!」
「本当にとっても可愛いわね。やわらかーい」
わたしとベロニカは今、ケールの息子のブライアンちゃんに会いに来ている。
転移の魔術陣を組み込ませたピンクのドア型の“どこでもモン”で、チェスター王国までサクッとひとっ飛び。
「でしょう! 本当にとーっても可愛いんだから!! でもきっと、ブルース様に似てるわね」
「ブルちゃんも顔だけはイケメンだから、将来有望ね」
「腹黒には絶対にならないでくだちゃいね〜」
ブライアンちゃんのぷにぷにほっぺをつんつんしながら、わたしは切実に祈る。
婚約を申し込んだそのすぐ後の浮気宣言を、わたしは一生忘れやしない。ケールが怒らないからこそ、わたしが一生ネチネチ言ってやる!!
「ベロニカは王太子妃でしょ? スーフェは侯爵家を継ぐのよね?」
「わたし、っていうか、カルがね。お父様もお母様も早く引退して、のんびりと暮らしたいみたいなの」
「そう言えば、ルベちゃんはどうしてるの?」
「あ、そうだ! ルベからの伝言で、完全装備をして集まれって言うんだけど、みんな難しいよね?」
みんなそれぞれ新生活がある。ルベの無茶な要求に、応えられるのはわたしとカルくらいだろう。
「あら、あたしは暇よ」
さも当然と手を挙げたのは、王太子妃になるべく、今が一番忙しいんじゃないかというベロニカだ。
「私もたまには気分転換したいから、その誘いはありがたいわ。スーフェの呼び出しって言えば、誰もノーとは言わないし」
次はもちろん子育て真っ最中のケールだ。目の前に可愛い我が子がいるのに、友達との付き合いも大切にしてくれる。それは家族と側近の方々の協力のおかげだ。
けれど、ケールの言葉にふと疑問に思う。
「ありがたいけれど、わたしは一体何者だ!?」
「何って」
「ねえ〜」
「「魔王以上」」
「はぁ!?」
どうして魔王以上と呼ばれるようになってしまったのか。可憐な乙女に対してあり得ない。
「ふふ、蒼き火焔で公爵領の森を燃やす姿は、それはそれは恐ろしい姿だったものね。遠くから見ていた方たちは震え上がっていたもの」
「ライアン様にも、あることないこと盛って盛って盛りまくって報告しておいたわ」
ベロニカに「国への報告は任せておいて」と言われ、鵜呑みにしたのが間違いだった。
あの時は、ルベとのしばしの別れで、心がいっぱいいっぱいでそれどころじゃなかったから。
「ブライアンちゃーん、会いに来ましたよぉ〜!」
そこに突然現れたのはブルーだ。
わたしとベロニカの存在に気付いたブルーは、その呼び名の通り一瞬にして青褪め、そして逃げようとする。
「ふふ、きちんとパパしてるみたいね」
「もしかして、仕事を放って会いに来たの?」
「ふん、当たり前だろ。仕事は一区切りしたんだ。たとえ少しの時間でも愛しい我が子に会いに来るに決まってるだろ。それよりも来てるなら来てるって言え!!」
今度は真っ赤な顔をしながら、ブライアンちゃんをそっと抱きあげる。慣れた手付きで抱き上げるその姿に、思わず感心してしまう。
「この人、ずっとスーフェとベロニカが来るのを楽しみにしてたのよ」
「ば、ばか。そんなはずないだろ!!」
さらにブルーの顔は赤くなる。
「あらあ、嬉しいわあ」
「ブルーも可愛いところがあるんじゃないの!」
「くっ、やっぱり来るんじゃなかった……」
そう言いながらも、ブライアンちゃんをあやす姿は立派なパパの顔だ。
「いいなあ。わたしにも子供が生まれたら、子供たち同士を結婚させようよ。うちに婿にくれ! 嫁にくれ!!」
「ちょっとスーフェ、私たち一応王族なんですけど!!」
ケールが笑いながら「待った」をかける。
「だって、王族に嫁いだら色々と大変でしょ?」
「「確かに」」
ケールとベロニカが声を揃えて同意する。
「やっぱり大変なんだね。間違っても王族には嫁がせるべきではないね」
「それ、俺の前でする会話か……」
「ブルーの前ですることが重要なの! 王太子も大変だろうけど、王太子妃もとーっても大変なんだからね!」
なんてことを、王太子妃でもなんでもないわたしが自信満々に言ってみせる。
それから、ブルーは執務に戻って行った。正確に言えば、連れ戻されたのだけれど。