大好きな黒猫ちゃん
カルの仕事は相変わらず忙しい。もうほとんどの仕事をお父様から任されているみたい。
わたしはわたしで、いろんな場所を飛び回っている。けれど、相変わらず隣にルべはいない。
あの大怪我を負った日から、ルベは魔界に行ったっきりで帰ってこない。連絡も“あの五文字”だけ。
「もうっ、ルベったら、全く帰ってこないなんて。話したいことはいっぱいあるのに!!」
交換日記には、詳細にわたしに起きた出来事を書いている。けれど、それとこれとは話は別だ。直接会って話したいこともいっぱいある。
ふと気付くと、ルベがいないか周りを見回して確認してしまう。それは、高等部に入る前からの癖。もふもふが恋しい。
ソファーにだらりと座ったわたしは目を閉じて黒猫ちゃんに想いを馳せる。
「もふもふもふもふ……」
「おい、チビ!!」
「ああ、ルベの声が聞こえる。きっと幻聴だろうな。ああ、あの黒い毛並み。もふもふが恋しい」
「おい、チビ、ふざけんな」
わたしの頭の上に、懐かしい重みが加わる。
「……えぇっ! ルベ! 本物!? 心配してたんだよ!! お帰り、元気だった?」
わたしが飛び起きると、わたしの頭の上から目の前のテーブルの上に、スタっとルベが飛び降りた。もちろん黒猫ちゃんバージョンだ。
「交換日記、最後に書いておいたからな」
渡しておいたアイテム袋をテーブルの上に置くと、ルベは恥ずかしそうにそう言った。
「本当!? でも、会いに来てそれを言うって、……まあ、会いに来てくれて嬉しいんだけどさ」
久しぶりのルベに、なんだか照れてしまって、言いたいことがたくさんあったはずなのに言葉が出てこない。
そんなわたしを、ルベは凝視して。
「……チビ、もしかして?」
「え?」
「いや、やっぱりチビは来なくてもいいからな」
突然ルベが、わたしだけを仲間外れにしようとしてきた。
「え? 何のこと? みんなでの旅行の計画とか交換日記に書いてくれてたの? だったら、もちろんわたしも行くよ! 仲間外れは嫌だよ!! それに、別に結婚したからって、カルはルベのこともウエルカムって言ってくれてるんだからね。ねえ、一緒に住もうよ! うちのペットとして、思いっきり可愛がってあげるから!」
さあ、わたしの胸の中に飛び込んできなさい、とわたしは大きく腕を広げる。
「ふざけんな!!」
「ふふ、ペットじゃなくて、きちんと家族として!」
「ま、確かに赤ちゃんの頃からチビのことを見てきたからな。チビは……手の掛かる妹だよ」
今もルベと初めて会った日のことを鮮明に思い出せる。それだけでなく、共に経験したたくさんの出来事も。
ずっと一緒だったから、一緒にいるのが当たり前だったから。
「……うん。やっぱりルベはお兄ちゃんだよね」
家族。今のわたしたちにはその関係が一番良いのかもしれない。
「ねえ、ルベ、また一緒に旅がしたい」
「チビ……」
もちろん無理なことは十分に分かってる。けれど、言わずにはいられなかった。
わたしの言葉に少しだけ返事を躊躇いながらも、意を決したように、ルベは微笑んで。
「心配するな。俺なんかと違ってガキはいいやつだ。絶対に幸せにしてくれる」
「そんなのもちろんだよ!! 誰かさんと違って、交換日記もまめに書いてくれたし、わたしのことをよく分かってくれてるんだから。でも、……ルベと一緒に旅がしたいんだよ」
「……」
「そう、だよね。……じゃあ、来世でもいいから」
「来世って、その頃にはきっと覚えてねえだろ?」
「そんなの分からないよ!! わたしが生まれ変わっても、また前世の記憶、今の記憶があるかもしれないし。それにルベはいっぱいいっぱい長生きするでしょ? 今度はわたしが魔族として生まれ変わってもいいよ! だから……」
「……分かったよ、考えといてやる」
「もうっ! そこは素直に“にゃあ!”でしょ!!」
きっと、ルベにも全てお見通しなのだろう。でも、これでようやく前に進める気がした。
「なあ、チビ」
「ん? どうしたの?」
「お前、俺の瞳が綺麗って言ってたよな?」
「なになに? 突然の自慢? ふふ、ルベの真紅色に瞳はとっても綺麗だよ。宝石みたいに輝いていて、ルベライトって名前が相応しいくらい! とっても大好きだよ」
言っていて少しだけ恥ずかしくなってきて、わざとらしく、えへへ、と笑ってみせた。
「チビ、ちょっと耳を貸せ」
「今度はなに? ルベの秘密でも教えてくれるの?」
わたしはそう言いながら、テーブルの上にいるルベの顔の近くに耳を寄せた。すると、
「!?」
頬にキスを落とされた。
(黒猫ちゃんバージョンだけど、黒猫ちゃんバージョンだけど!? えぇっ!!)
顔を真っ赤にして、驚きすぎて声も出せなくて。
「チビと一緒にいるのも悪くなかったよ。忘れずに交換日記を読んで、あいつらにも伝えろよ」
じゃあな、とルベは一瞬にして消えて行った。
キスされた頬が熱い。側から見れば、猫ちゃんにチュッとされただけなのに。
けれど、嬉しいとかそんな気持ちよりも、襲ってくるのは、得体の知れない不安で。
「ルベが、変だ……」
絶対に、わたしにこんなことをするはずがないのに。
キスなんて、絶対にするはずがないのに……
だから、大好きな黒猫ちゃんにキスをされて嬉しいはずなのに、嫌な予感しかしなかった。