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黒猫従魔と旅に出る。  作者: 海伶
第六章
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断罪イベント?

 普通の学園生活を満喫しすぎているわたしたちは、とうとう卒業の日を迎えた。


 何もかも忘れてしまいそうになるくらい楽しい学園生活だった。今思うと、考えたくないからこそ、思いっきり楽しもうとしていたのかもしれない。


 そして、学園生活の最後を締め括るイベントといえば、普通なら感動的な卒業式だ。


 けれど、ここは乙女ゲームの世界、のはず。だから、卒業式の後には断罪イベントが始まる、はずなのだけれど……


「やばい!! あり得ないくらい、全くなんとも思わない!!」


 不安に思うどころか、心臓の高鳴りさえ全くない。むしろ、まっすぐ家に帰ろうかな、とさえ思っているくらいだ。


「でも、中庭に吸い寄せられる!!」


 どうしてなのか、断罪イベントの会場である中庭に足が向いてしまう。


「まさか、これが噂のゲームの強制力!?」


 少しだけわくわくしてしまったわたしがいる。そんな茶番を演じるわたしを見て、カルは呆れながらも笑ってくれる。


「スーフェったら、そんなに乙女ゲームがやりたかったの?」

「やっぱりさ、小さい頃からずっと乙女ゲームの世界だと身構えていたから、何も起こらないと拍子抜けっていうかさ」

「そんなこと言ってると待ち合わせに遅れるよ? 今日は何する予定なの?」

「ベロニカに、ライアン王子を仕留めるのを協力してってお願いをされたの。仕留めるも何も、すでに二人は両思いじゃん!! 今更何言ってるんだろうね?」


 しかも、中庭を指定するあたり、ベロニカの本質は、やっぱりヒロインではなくヒドインなのかもしれない。


 中庭に着くと、すぐにライアン王子の姿がわたしの目に飛び込んできた。そして始まる? 断罪イベント。


「スフェーン・オルティス!! お前に一言物申す!!」


 ライアン王子がわたしに向かってビシッと宣言してきた。もちろんライアン王子の隣には、いつも以上にイチャついているヒドイン、ベロニカが立っている。


 このまさかの展開にわたしの胸は躍り出す。ようやく乙女ゲームのイベントが始まったのかもしれないのだから。


 このまま本当に何も起こらなかったら、無駄にビビらせやがってと、神様に文句の一つでも言ってやろうと思っていたのだけれど、仕方がないから許してあげよう。


 けれど、転生悪役令嬢の性なのか、ライアン王子の言葉を素直に聞く気になれない。


「絶対に嫌。もう帰ってもいい?」

「ダメに決まってるだろ!? そもそもスフェーンが、これを所望したんじゃないか!!」


 前言撤回。乙女ゲームの断罪イベントではなく、“なんちゃって断罪イベント”が始まるらしい。やっぱり神様に文句を言ってやろうかな。


「そもそも、わたしが断罪される理由なんてないじゃない」


 だって、ヒロインのことは虐めてないし、自分で言うのもなんだけど、成績もそれなりに良くて模範的な生徒だったはず。


 だから、わたしが断罪される理由は……


「あ! 不敬罪!?」


 不敬罪で断罪なら心当たりがありすぎる。わたしの態度も言葉遣いも全てが不敬。今から冒険服に着替えてくるべきか悩むほど。


「おい、まずは黙って俺の話を聞け!!」

「ふふ、ライアン様、これでも飲んで、落ち着いてください」


 ベロニカは、いつも持っている自分のマイボトルをライアン王子に手渡した。


「ベロニカちゃん愛用のマイボトル!? い、いいの?」

「いいの? って、あんたって、本当に気持ち悪いわね」


 ベロニカのマイボトルを見つめ、顔を真っ赤に染めるライアン王子に、はっきり言って引いた。


 きっと、間接キスだ、とでも思っているのだろう。


「ふふ、もちろんです。これを飲むと、一気に心も身体も浄化されるベロニカ特製ドリンクなんですよ」


 ちなみにあたしが口を付けたのはここですよ、と囁くベロニカはやっぱりヒドインだと思う。


「ベロニカちゃんは誰かさんと違って女神だな。いただきます!!」


 ごくごくごく、とライアン王子はベロニカ特製ドリンクを一気飲み。


 ……したと思ったら、バッターンと倒れた人が約一名。もちろんそれはライアン王子に決まっている。


 瞬間、中庭が尋常じゃないほど慌ただしくなり始めたではないか。


「殿下!? 至急至急!! 殿下に毒物を飲ませた模様、その者たちを捕らえよ!!」


 ライアン王子の護衛たちが、どこからともなくやってきたからだ。


 ちょっとだけまずい状況だと判断したわたしは、ベロニカを問いただす。


「ねえ、ベロニカ? ベロニカ特製ドリンクって何を飲ませたの?」

「ふふ、とっても美味しいお水よ」


 “美味しいお水”


 この言葉に、とっても嫌な予感がしたわたしは、ベロニカの持つマイボトルの匂いを嗅ぐ。


「うわっ、酒じゃん!! しかも、超きっつい!! 何これ!?」


 匂いを嗅いだだけなのに、くらりと眩暈がしてしまう。お酒は二十歳になってから。けれど、それは前世日本の法律の話。


「ふふ、今日はとってもおめでたい日だから、奮発していろんな種類を混ぜてみたのよ!」


 平然と、その特製ドリンクをがぶ飲みするベロニカに、わたしは思いっきり引いてしまう。


「うわ〜っ、もしかして、常習犯? 今までの優雅なティータイムも、実は中身はお酒だったの?」


 否定も肯定もしないベロニカは、相変わらず笑みを浮かべるだけ。


 それはそうと、王子ルートだけは何となく覚えているわたしは、実はこの光景に何となく覚えがあった。


 乙女ゲームの中のベロニカが「この恋が許されないのならいっそのこと……」とか何とか言っちゃって、あろうことか悪役令嬢のスフェーンと結託して、王子暗殺を企てるバッドルートだ。


 もちろんこの後牢屋に入って斬首刑。


「はあ、ない、あり得ない。ベロニカ、さっさとライアン王子のアルコール中毒を治してやりな。護衛どもも、ベロニカが飲んでぴんぴんしてるんだから、そのベロニカのマイボトルに毒なんて入ってないわよ」


と言いつつも、中身は毒に近い酒だ。下手したら本当に死ぬ。


 ここでふと思う。ベロニカが言っていた「ライアン王子を仕留める」という宣言。


 ライアン王子の心を仕留めるのではなく、命を仕留めるということなのか?


 真の狙いは王子暗殺!?


……なわけないことくらい分かっているわたしは、早くしろ、とベロニカを促す。


「もう、仕方ないわね」


 ベロニカが、毎度の如く、ライアン王子をぎゅっと抱きしめて聖魔法をかける。


 わざわざ抱きしめなくても本当は聖女の力は発動する。ライアン王子が目覚めた時の反応が見たいがために、ベロニカはわざとやっている。


 やっぱりベロニカの本質はヒロインでも聖女でもないと思う。真正のヒドインだ。きっとそのうち「ざまぁ」されるのだろう。


「……う、うーん、一体俺はどうしたんだ?」

「ふふ、ライアン様、お目覚めになられましたか?」

「ベ、ベロニカちゃん!? それもこの体勢!?」


 ベロニカは今、正座をして、ライアン王子を抱きかかえている。その姿は紛れもなく聖女様。


 急性アルコール中毒は治っているはずなのに、顔を真っ赤に染めたライアン王子は、あたふたとしている。


「ねえ、ライアン様、スーフェに物申すんじゃなくて、あたしに何か言ってくださらない?」

「ベロニカちゃんに!?」


 にこりと聖女の微笑みを浮かべたベロニカに、ライアン王子がさらに顔を真っ赤に染めて慌てふためく。


「ええ、ケールには子供が生まれたし、スーフェも卒業してすぐに結婚するんですって。だから……」


 その瞬間、覚悟を決めたライアン王子は、スタッと立ち上がった。ベロニカもそれに続いてゆっくりと立ち上がる。


「うわっ、悪魔がいる……」


 ベロニカの、にやりと笑ったその顔を見てしまったわたしは、思わず震えた。聖女の皮を被った悪魔が目の前にいる。もう誰も止められない。


「ベロニカちゃん、俺と結婚してください!!」

「はい。喜んで!」


 ベロニカが見事にライアン王子の心を仕留めた瞬間だった。


 周囲から歓声が湧き上がる。それはきっと、王子ルートのハッピーエンドのエンディングと同じなのだろう。

 

「何この茶番? 今、完璧に言わせてたよね? これが断罪イベント?」


 もちろんわたしは呆れてしまった。けれど、まあ、いっか。


「ベロニカ、おめでとう〜!! お幸せに!!」


 こうして、乙女ゲームの物語は終わりを告げた。やっぱりどう考えても乙女ゲームとして成り立っていなかった。


「スーフェ、俺たちも二人に負けないくらい幸せになろうね」

「カル、……うん、幸せになろう」


 卒業したら、すぐにわたしはカルと結婚をする。それはずっと前から決まっていたこと。わたしが望んだこと。


 順風満帆で幸せいっぱいのはずなのに、どうしてか、心の中にもやもやが巣食っていて。


 そんなわたしは、やっぱりすっかりと忘れていた。約十年前に、違うルートのフラグが立っていたことに。





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