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黒猫従魔と旅に出る。  作者: 海伶
第六章
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何も起こらない学園生活?

「何も起こらない……」


 何も起こらなすぎて逆に怖い。


 見えない敵が少しずつ忍び寄ってきているのではないかという疑心暗鬼に陥りそうになる。


「どうしたの? 毎日楽しいじゃない。何が不満なの?」


 優雅にティータイムを嗜むベロニカの手には、ティーカップではなく持参したマイボトル。


 王子の婚約者なのに超堅実的な一面は、とても好感が持てる。


「確かに毎日楽しいよ。勉強も嫌いじゃないし、学校行事も盛り上がるし。でも、わたしが言いたいのは乙女ゲームのイベントのこと!!」


 乙女ゲームのイベントと言われ、ベロニカはキョトン顔。ベロニカには全て話したはずなのに。


「……具体的に言うと?」

「まず、入学して早々の出会いのイベント! 胸きゅんするような攻略対象者との出会いはあったの?」

「もう、スーフェったら、今さら入学の時の話? 今、何月だと思っているの?」

「……3月」


 学園生活が楽しすぎて、乙女ゲームのことなんて全く気にしなくなっていた。もうすぐわたしたちは二年生になってしまう。


 だって、ベロニカの攻略対象者はライアン王子で決まりだし、入学早々の同伴通学は度肝を抜かれたし。むしろ愛を育むどころか婚約しているから、ほぼゴールインしてるのと同じだし。


「それに攻略対象者って、ライアン様のことでしょ? 毎日毎日、胸がきゅんきゅんしてるわ! ね、ライアン様」

「うん! ベロニカちゃん!!」


 今や、ベロニカとライアン王子とカルと四人で一緒にいる学園生活が当たり前の光景だ。しかも、二人のイチャイチャを毎日胸焼けがするほど見せつけられている。


 本当にこの世界が乙女ゲームの世界なら、好感度マックスどころか突き抜けていると思う。


「何も起こらなくて良かったじゃない。ルベさんともおとなしくしてるって約束してるんだしさ」

「そうなんだけど、何も起こらなすぎると逆に不安にならない? わたしの知らないところで乙女ゲームの物語が進んでいたら嫌だもの。他の攻略対象者とは出会ってないの? カルの双子のお兄さんたちは? あとは、確か特待生の男の子!! 同じ平民出身の特待生の男の子との出会いは?」


 カルの双子のお兄さんたちの“俺どっち攻撃”を、ベロニカが受けているところを見たことがない。


 それはきっと、周囲の人たちがお二人を見分けることができるようになったおかげで、物語が破綻してしまったのだろう。わたしグッジョブ。


 問題は、特待生の男の子だ。実はもうすでに出会いのイベントを果たしているとか洒落にならない。


「うーん? 出会った覚えはないわね。出会う必要もないし」

「そうだそうだ! ベロニカちゃんには俺がいるん……」

「よし! 探しに行こう!!」


 ライアン王子の言葉を遮って、わたしは席を立つ。


 特待生の男の子のルートに限っては、実はわたしはやっていない。前世で友達から話を聞いて知っているだけだ。


 だから、正直言って、何が起こるのか分からなさすぎて一番不安だ。備えることができないのだから。


 もしかしたら、ベロニカが気付いていないだけで、実は出会いのイベントを果たしているのかもしれないし。


 そしてもう一つ問題がある。わたしは特待生の男の子の顔を覚えていない。


 だからこそ、それを確認するためにも特待生の男の子を探しに行くことを決めた。


「カルは特待生についての情報って何か知ってる?」

「そう言えば、テレーサさんの孤児院からも、特待生が選ばれたみたいだよね」

「えっ? テレーサさんの!? そしたら一度会ってるよね?」


 テレーサさんの孤児院の子供たちは、シアンの魔の手から逃れるために、一時オルティス侯爵家に避難していた。


 だから、確実に会っているはずなのに。けれど、わたしたちと同い年の男の子はいなかったはず。


「あの後に孤児院に来たんじゃない?」

「そっか、あれからテレーサさんと連絡を取らなくなっちゃったからね。テレーサさん元気かな?」


 孤児院の再建のためにテレーサさんはとても忙しそうで、次第に連絡を取らなくなってしまった。


 新しい領主様は伯爵様だから、他領の、しかも侯爵家のわたしたちがしゃしゃり出るのは良くないと自重したのが一番の理由だけれど。


 決してあの辺一帯を燃やしてしまったからあの場所に行きづらいというわけではない。


「俺も孤児院のことまで気が回らなかったよ。スーフェに夢中だったからね」

「もう、カルったら!」


 きゅんと胸がときめく。ルベがいないからなのか、カルはずっとわたしの心配をして寄り添ってくれている。


「だって、目を離すとすぐに魔界に転移しようとするし、冒険に出掛けようとするし、チェスター王国には奇襲をかけるし、それどころじゃなかったよ」

「……ブルーは弄れば弄るほど楽しいんだよね。ちょっとした運動に最適なんだもの」


 全てはイモ祭りのせいだ。そう言えば、入学してからは遊びに行ってない。そろそろ油断をしていることだろう。


「テレーサさんの孤児院の子もいるんじゃ、余計に気になるね」


 ということで、わたしたちはまずテレーサさんの孤児院の特待生の生徒さんがいるらしいC組にやってきた。わたしたちのS組とC組では校舎が違う。


「ねえ、特待生ってどの子?」

「え、えっと……」


 C組の生徒を一人捕まえて何気なく聞いてみたら、とてもびびってしまっていて。


「あれ? なんかわたし悪役っぽくない?」


 ようやく悪役令嬢っぽい反応をされたことに、どうしてか逆に嬉しくなってしまった。


「仕方がないよ。このクラスは貴族の子が少ないから。しかもこのメンバーじゃねえ」


 この魔法学園は魔力の保有が多かったり、特別な魔法が使えたりすると入学が認められる。ただ、お金もそれなりにかかるから、自ずと貴族ばかりになってしまう。


 その中でもC組は、爵位のない商家の子息令嬢や平民の出身の子が多い。乙女ゲームのベロニカも、本当はC組だったはず。


 そして今、貴族とあまり関わり合いのないこのクラスに、侯爵家で悪役令嬢のわたしを筆頭に、伯爵家のカル、すでに聖女様と名高いベロニカ、極め付けはこの国の王子様が来たもんだから、声をかけられた生徒は顔面蒼白ものだ。


「あ、あの子とあの子です」


 教えられたのは、とてもおとなしそうな女の子と、知的な雰囲気と不思議な色気を醸し出す、やっぱりイケメンな男の子。


「今年の特待生はベロニカちゃんを合わせて三人だぞ。植物を育てるのに特化した魔法が使える女子生徒と、豊富な魔力と魔物の知識が突出した男子生徒だそうだ」

「そうなの? さすがライアン王子! 情報通だね。じゃあ、あの男の子が攻略対象者に間違いないね」


 その男の子をじっと見つめる。遠目からだけれど、それはすぐに分かった。


「嘘、そんなことってあるの……」


 衝撃的すぎて、わたしは言葉を失った。


「やっぱり会ったことなんてないわ」

「俺の方が格好良いからベロニカちゃんは胸きゅんなんてしないだろ?」

「はい、もちろんです。ライアン様」


 またイチャイチャが始まった。よそのクラスにまで来てイチャイチャする神経が信じられない。


「もうっ、そこの二人うるさい!! ねえ、あの子って、似てるよね?」

「……うん、きっと間違いないよ」


 カルもなんとなく気付いたようだ。似てる。それが彼への第一印象だった。一気にわたしは青褪める。


「一応、聞いてみるね。あの男の子の名前を教えてもらってもいい?」

「えっと、イーサンくんです。イーサン・シュタイナーくん」

「……ですよね」


 シュタイナー夫妻の探している息子さんで間違いなかった。こんな身近にいたなんて、シュタイナー夫妻に申し訳なさすぎる。


 心の中に留めておくだけで良いとは言われたけれど、本当に自分の視野の狭さが情けない。さすがにこれは罪悪感で押しつぶされそうだ。


 それに、乙女ゲームの設定、せめて名前だけでもきちんと覚えていれば、もっと早くに見つけることができたはずなのに。


「あの、彼を呼んできましょうか?」

「あ、大丈夫、むしろ呼ばないで。わたしたちが彼を見にきたことも絶対に言わないでね。……ちなみに彼はどんな子?」

「えっと、とても真面目な子です。平民なのに特待生になれただけあって、とても博識で、すでに魔物研究所からオファーがあるほど優秀なんですよ」

「へえ、研究所からオファーだなんて、本当に優秀なんだね」

 

 さすがシュタイナー夫妻の息子さん。魔の樹海で魔物たちと共存していただけある。


 そして、教えてくれた生徒さんには厳重に口止めをして、わたしたちはC組を後にした。


「スーフェ、どうするの?」

「もちろんシュタイナー夫妻には報告するよ。でも、魔物研究所からのオファーがあるのなら、アルカさんの言っていた通り、魔術師だと知られない方がいいかもね。やっぱりシュタイナー夫妻の意思を尊重しよう!」

「うん、それがいいね」

「それに、ベロニカの様子を見ると、全くフラグも何も立ってなさそうだしね」


 触らぬ神に祟りなし。特待生ルートは知らないことだらけ。やっぱり備えができないルートは怖すぎるから、近付かないのが一番だ。





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