次期にゃ王
「……治してくれたのか?」
「はい。でも、人間界ではこれが限界です。魔王様、申し訳ありません」
ルベの魂は無事に身体に定着することができたみたい。けれど、身体の方はやっと動けるようになったくらいで、ルベは見るからにまだ辛そうなのに、辛いなんて泣き言は一切言わない。
「いや、わざわざ悪かったな。……それで」
「兄様のことですよね? 大丈夫です。覚悟はしていましたから」
「……いや、」
二人の会話を聞いて、すぐにシアンのことを言っているのだと分かった。だから、ルベの言葉を遮ってわたしは自分のせいだと名乗り上げようとした。
「あの、わたしの……」
「兄様の自業自得です!!」
それなのに、少女は毅然とした態度でそう告げて。わたしに優しく微笑んでくれた。
「それよりも、今は魔王様のお身体が心配です! 魔王様、魔界で治療しませんか? それくらい協力してくれますよね、神様? じゃないと私はここに残りますからね!!」
「も、もちろんだよ!」
「魔界……」
ルベがちらりとわたしを見る。わたしは魔界には行けない。自ずとルベと離れ離れになってしまうということだから。
けれど、わたしの気持ちは決まっている。
「ルベ、きちんと治してきなよ!! わたしのことは気にしなくても大丈夫だから」
「けれど、チビが死んだら俺も死ぬんだぞ?」
「そう簡単には死なないよ。って、わたしのせいでルベもミケも死にそうになっちゃったんだもんね。でも、ルベが帰ってくるまできちんとおとなしくしてるよ。約束する!!」
はあっとため息をつくルベはわたしの言葉が信用ならないのか、あれこれ注文をつけてくる。
「冒険の旅には出るなよ。俺がいないと魔物に襲われるから」
「はいはい」
「危ないことにも首を突っ込むなよ」
「はいはい」
「きちんと魔力を隠しとけよ。できるなら気配もだ」
「はいはい」
ルベは過保護全開だ。だから、適当に返事をしてしまう。
「……おとなしくガキにくっついて学園にでも通えよ」
「はいはい。えっ!?」
「スーフェ! 一緒に高等部に通ってくれるの? うれしいなあ」
なぜかタイミングよくカルが現れてしまった。続いて、ベロニカやケールも。
「ちょっとルベったら!! それこそわたしに待ち受けているのは死亡エンドだから!!」
必死に訴えるけれど、聞く耳を持ってくれない。もう行きたくないとは言えない雰囲気で。
「学園……、分かったよ。どうせライアン王子ルートって決まってるし。それならどうにでもなりそうだし。でも、もしも断罪イベントが始まってピンチを迎えたら必ず助けに来てよね!!」
「はいはい」
仕返しとばかりに、ルベにも適当に返事をされた。もうっ!!
「そう言えば、そっちの子はどうする?」
神様がミケを見て尋ねる。
「俺ですか? 俺は魔王様と一緒に行きます!」
ミケはルベを追って人間界に来たから、ルベが魔界に帰るなら一緒に帰りたいと願い出る。
「タダでは連れて帰れないよ?」
「何でもします!」
「言質取ったよ。じゃあ、よろしくね、新魔王!」
「にゃ!?」
突然神様が空席だった魔界の王を指名し始めた。これにはここにいるみんなが驚いてしまう。
それなのに、相変わらず神様は軽すぎて。
「だから、YOU 魔王 やっちゃいなよ!」
「にゃんとっ!?」
「さっき何でもやるって言ったよね? だから、魔王は君だ!」
「そんにゃあ!!」
「だって、適任者が見つからないんだもん。きっと君なら大丈夫だと思う」
確かにミケなら立派にルベの意志を引き継いでくれそうだし、あのミケ猫ちゃんは、にゃ王に相応しい可愛さを兼ね備えている。
魔王の基準は、やっぱり「にゃ王」なのかもしれない。
「そうだ! ルベ、これを渡しておくね。あげるわけじゃないからね。きちんと返しに来てね」
そう言って、ルベに手渡したのはカルに預けていたアイテム袋。
「この中に交換日記も入ってるから!」
「俺はそんなもん書かねえよ」
「ルベが書かなくても、わたしは書くから!! わたしのこと心配でしょ? 逐一報告するからね!! だから、すぐに助けに来てよね」
「……」
「毎日美味しいミルクも欠かさず補充しておくから」
ミルクに釣られてか、渋々ルベはアイテム袋を受け取ってくれた。
本音を言えば、お別れ会とか色々してから送り出したい。けれど、ルベの治療のためには早い方がいい。だから、
「ルベ、行ってらっしゃい!」
「ああ」
「そこはにゃあでしょ!!」
できる限りの笑顔でルベを送り出した。そんなわたしの方を振り返ることなく、ひらひらと手を振ったルベは魔界へと向かっていった。
今までずっと近くにいてくれたルベの気配が、消えてしまった。
「スーフェ……」
「ごめん、今だけだから」
永遠の別れではないことは分かっている。けれど、やっぱり寂しくて、悲しくて、涙が止まらなかった。
ただ、ルベの魔力がわたしの中に流れてくるのが分かり、また絶対に会えるって信じることができた。
それからすぐに、ゲルガー公爵家は取り潰しとなった。
テレーサさんは、公爵領の森のすぐ近くにあった空き倉庫のような建物を与えられ、孤児院を運営することになった。
ゲルガー公爵家という後ろ盾はもうないけれど、子供たちに勉学の機会を与えられる取り組みは続けてくれると聞いて喜んでいた。
ヨシュアさんのことをテレーサさんにも話したけれど「ヨシュアらしい」と言って、泣きながら笑っていた。
カーヌム先生とアルカ先生のことは、二人の意思を確認した上で、魔術師であることを国に報告した。
これについては、魔術の被害者であったお祖父様が国に掛け合ってくれて、契約魔法を交わした上で、オルティス侯爵家の監督責任のもと、試験的に国の契約魔術師として働くことになったそうだ。
とは言いつつも、基本的にはオルティス侯爵家で魔物たちの世話をしつつ、わたしの家庭教師をしてくれることになった。
けれど、気がかりなことがまだ残っていた。それは、
「大々的に息子さんを探さなくてもいいんですか?」
生き別れになったお二人の息子さんのこと。慌ただしくて、探すことができないでいた。
「ええ、魔術は禁忌としている国がほとんどですから、魔術師の息子だという事実は息子にとって足枷にしかならないでしょう。息子には魔術師というものに縛られてほしくはないんです」
「それなら、お二人のことも国に報告しない方がよかったんじゃないですか?」
そうすれば、息子さんのことを国を挙げて捜索することも可能かもしれない。きっとお父様に相談すれば何とかしてくれるだろう。
「いいえ、私たちは魔術師として誰かの役に立てるのはとても嬉しいんです。それが生き残った私たちの使命だと思っていますから」
「でも……」
「心配しないでください。だからと言って、息子を探すのを諦めたわけではありませんよ。何年かかっても、私たちは息子のことを探してみせますから。だから、息子のことはスーフェ様のお心の内に留めておくだけで、誰にも言わないでくださいね」
「そう、ですか……分かりました。お二人の意思を尊重します! でも、協力できることがあったら言ってくださいね」
ケールはというと、一足早く高等部に入学するため、チェスター王国へと帰っていった。
ケールにしては珍しく、帰りたくないと甘えてくれて。だから、こっそりと転移の魔術陣で繋がっている。
真面目なケールのことだから、自ら進んで使うことはないだろうけれど、やっぱり何かあったらすぐに会えるという安心感は心強い。
わたしとベロニカは高等部入学に向けて、改めて勉強を始めた。ルベのいない寂しさを紛らわすように、勉強に遊びに全力で取り組んだ。
そして、ルベがいなくなって二度目の春が来る。一度もルベは交換日記を書いてくれていない。
けれど、わたしは今日も約束のミルクをアイテム袋に入れる。そして、ドキドキしながらカルが迎えに来てくれるのを待っていた。
わたしは今日、乙女ゲームの舞台であるロバーツ学園高等部に入学する。
第五章終了です。第六章(最終章)は思いっきりタイトル詐欺です。あしからず。