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黒猫従魔と旅に出る。  作者: 海伶
第五章
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蒼い火の海

 ずしりとミケの重みがわたしにのし掛かる。その身体を支えたわたしの手には、真っ赤な血が滴り落ちる。


「逃げて……」

「ミケっ!! ミケっ!!」


 力ないミケの声が微かにわたしの耳に届いてきた。目の前のあり得ない光景に、わたしはただミケの名を叫ぶだけしかできなかった。


 それなのに、再び刃がわたしたちを襲う。


 ミケの身体を支えながら一気に後ろに飛び、その刃を躱し、ゲルガー公爵から距離を取る。


「邪魔者は確実に消さなきゃだめじゃないですか」


 その言葉とともに、わたしたちを目掛けて蒼き火焔が放たれようとしているのが分かった。ぐっと唇を噛んでその恐怖に抗う。この恐怖からは絶対に目を逸らさない。


「チビ! 転移しろ!!」


 転移魔法を使えというルベの言葉が聞こえる。けれど、転移魔法を使うことなんてできない。


 転移魔法はミケを連れて転移できないから。わたしを助けてくれたミケを置いてわたしだけ逃げることなんてできない。


 せめて、少しでもミケを守れるようにぎゅっと抱きしめて、手探りで魔術陣が描かれた紙を取り出し、魔力を注ごうと試みる。


 転移の魔術陣を発動させるのは間に合いそうにない。そして、


「スーフェ!!」


 わたしの名を呼ぶカルの声に、ようやく我に返り、自分の現状を知る。


 グリフォンのセドに乗ったカルによって、わたしとミケは、あの蒼き火焔から逃れることができていた。


 何よりカルが無傷でわたしたちを救出できたのには理由があった。


「また邪魔が入ったか。やはりこの老いぼれの軀は使い物にならん。それにしても、シアン、あの軀は丁重に扱うという約束だぞ」

「魔王様にはこの火焔は効かないという話だったので不可抗力ですよ。やはり今は魔王ではなくなったからそのお約束も無効なんですかね? でも、結局は死んでいないのだから、効かないってことに含まれるんですかね?」


 シアンに近付き嗜めるゲルガー公爵に、シアンはぶつぶつと呟き返す。


 あの軀ーールベは蒼き火焔に包まれていた。


「ルベ!?」


 ルベがわたしたちの前に立ち、わたしたちに向かってきた火焔から身を挺して守ってくれていたから。


「先代魔王か……」


 身に纏わりついていた火焔を薙ぎ払うように一気に消化し、ルベは呟く。その姿は今にも倒れそうで。


 わたしの浅はかな行動が、ミケだけでなくルベにまで取り返しのつかないほどの怪我を負わせてしまっていた。


 ルベの言葉に答えるように、先ほどまで全く魔力を感じさせなかったゲルガー公爵ーー先代魔王から一気に魔力が放たれる。


 それは、どうして魔王を引退しなければならなかったのかと疑問に思うほどの、ルベと同等とも言えるとても強大な魔力だった。


「先代魔王?」

「そうです。ゲルガー公爵本人はすでに死んでいます。中にいるのは、先代の魔王様です」


 背中から夥しい血を流しながらも、ミケは教えてくれた。


 先代魔王は、ルベが生まれたことで、魔王としての役目を終えることになった。神様が決めたことだから否応なしに、魔王の座を退くしかなかった。


「死んだ公爵様の軀に? まさか、そんなことってできるの?」

「魔王の座を退いたあのお方も高位魔族です。正規な召喚で人間界に来ることさえできれば、人間を殺して軀を乗っ取るくらい簡単ですから」

「正規な召喚って、やっぱりシアンが呼び出したってこと? 先代の魔王様って、先代とは言っても偉い人だよね?」

「利害の一致ですよ。それよりも、早くミケを治療してあげないと死んでしまいますよ? まあ、行かせませんけどね」

「シアン、お前の相手は俺だ」


 わたしとミケに近寄ろうとするシアンの前に、満身創痍にも関わらずルベが立ちはだかる。


 ルベは何ともない表情を装うけれど、その傷が深いことくらいすぐに分かった。


 だから、急いでミケを安全な場所に横たわらせる。


「ミケ、ごめんね。わたしのせいで」

「魔王様親衛隊二番隊隊長なんですから、当たり前のことをしただけですよ」

「でも……」

「俺は大丈夫です。これくらい我慢できますから。だから、魔王様と一緒にシアンを。スーフェさんのことだから、何か思いついたんですよね?」


 わたしは力強く頷いた。覚悟を決めたから。


「ミケ、少しだけ待っててね。すぐに終わらせるから」


 ミケが頷いてくれたのを確認し、わたしは前に出て狙いを定める。


「わたしが終わらせてやる!! ルベ、下がって!!」

「!?」


 今度は他力本願じゃない。自分の手で終わらせる。


 わたしはさっき盗み見た蒼き火焔をシアンに向かって放った。あの時、わたしに向かって火焔が放たれた時に、わたしは盗み見ていたから。


 けれど、初めての火魔法だったからか、威力が少なくて避けられてしまった。いや、きっとまだ自分の心が弱いからだ。


「どうして、貴様如きがこの魔法を?」

「チビ、お前……」

「次は外さないから」


 ビビっている場合じゃない。


 もっと威力を込めて、思い出すのはあの日の炎。記憶の奥底に追いやっていたあの前世の記憶。


 身体が震え出して、背中に汗が滴り落ちる。けれど、今度こそは外さない。


「だめだ、チビ! シアンを殺るってことは人間を……」


 わたしの手で殺すってこと。


「分かってる。でも決めたの。ルベのためにも、自分のためにも、そして、テレーサさんのためにも。ヨシュアさん、ごめんなさい」

「……」


 シアンはゲルガー公爵から短剣を奪い、そしてこちらを見据える。


 けれど、わたしは怯まない。


 テレーサさんがヨシュアさんの死を覚悟していた。それはヨシュアさんがもう戻れないところまで来ていることを知っていたから。


 このまま放っておけばシアンに支配される。それに、シアンがヨシュアさんの軀から出ていくことはあり得ない。


 シアンはヨシュアさんに召喚されたから、次の軀に行きたくても、シアンの意思でヨシュアさんの軀を傷つけることはできないのだから。


「テレーサ……」

「!?」


 一言そう言うと、シアンは--ヨシュアさんは自分の心臓を一突きした。


「ヨシュアさん……」


 きっと、シアンの魂を、確実に仕留めてもらうために。わたしが人殺しにならなくて済むように。


 ヨシュアさんは自らの手で死ぬことを選んだ。それはきっとヨシュアさんの優しさ。最後の抵抗。


 そのヨシュアさんの強い思いが、今まで支配されていたシアンの魂に競り勝って、ヨシュアさんの意識が表に出てこられたのだろう。


 わたしは唇を強く噛み、そして、短剣を刺したまま倒れ込もうとしているヨシュアさんとゲルガー公爵に向けて蒼き火焔を放つ。


 二人の姿が見えなくなるほどの火力で、全てを燃やし尽くせるように思いっきり。


 一瞬にして、あたり一面はその場を埋め尽くすほどの火の海に包まれた。蒼く燃え盛る火の海に。


 




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