戦いの幕開け
「公爵様に何を!?」
ゲルガー公爵から魔力を全く感じない。これがミケが言っていた魔力なしということなのか。
けれど、お父様とは違って、何となく違和感を感じる。だから、すぐに鑑定をした。それなのに鑑定しても何も見えない。何も。
それが違和感の原因だろう。全てをうまく隠しているということだから。
ただ、生きているらしいことだけは分かり、少しだけ胸を撫で下ろす。
「そちらの初めましてのお嬢さん方はちょっと厄介ですね」
シアンは、ベロニカとケールに冷めた視線を向けた。瞬時に聖魔法と光魔法の使い手だと分かったのだろう。
「それに、面白い物をたくさん用意したみたいですね。じゃあ、それを思う存分使えるようにしてあげましょうか」
「えっ?」
瞬間、シアンの下にある魔術陣が禍々しい黒い光を放ち始めた。あたり一帯に纏わりつくような黒い魔力が立ち込める。
その魔力に呼応するかのように、森の至る所で黒い光の柱が天に向かって放たれていった。
無数の黒い光が天に登るその光景は、とても異様で。
いつの間にか公爵領の森の頭上が、黒い雲で覆われていた。
「えっ、何を!?」
「チッ、ふざけんなよ」
「ルベ、何が起きてるか分かるの?」
焦りを隠せないわたしたちに、本当は言いたくないのだろう。仕方がなさそうにルベがぽつりと呟いた。
「アンデッド召喚……」
「アンデッド?」
「生贄となった子供たちだ」
生贄となって殺された子供たちがアンデット化して、森中に放たれた。
「おいっ、お前たちは森の中のアンデッドを倒せ。もう殺せないとか言ってる暇はない。殺るしかないんだ!! それにもう人間じゃない。魔石を片っ端からぶち当てろ。行けっ!!」
ルベの言葉に、わたしは魔石の入ったアイテム袋をベロニカとケールに託す。
アンデッドの数が多すぎて、魔石をばら撒いて浄化していかないと追いつきそうにないのだろう。
それに、きっと優しいルベのことだから、二人に直接手を下させることはしたくなかったのだろう。
生贄の子供たちがアンデッド化したということは、おそらくまだ子供の姿を残しているだろうから。それを斬らせるのは憚ったのだろう。
それは同時に、わたしたちの作戦がシアンに読まれていたという事実。
光魔法や聖魔法の使い手を、この場から離れざるを得ない状況に陥らせる。
何か特別な武器を用意して来たら、それを違うことで消費させざるを得ない状況に陥らせる。
シアンはわたしの想像よりも遥かに先を読んでいた。
「でも、アンデッドなんてどうやって?」
「生贄にした子供たちが死んだ後に手を加えただけだ。命を弄ぶだけでなく、死んでも粗末に扱うなんて」
今まで生贄にしてきた子供たちのご遺体を、アンデッドとして蘇らせる。
はっきり言って蘇ったとは言えないけれど。人間だった頃の記憶はもちろんのこと、アンデッド化したら意思も感情も何もないのだから。
「何をおっしゃってるんですか? ゴミのような人間を最後まで利用価値のあるものとして扱っているだけですよ?」
信じられない。怒りが沸々と込み上げる。大切な命を、頑張って生きようとしていた命を。未来ある子供たちの命を、そもそも闇雲に奪っていいはずがないのに。
「チビ、お前もあいつらの方へ行け」
「だめだよ。そしたらルベが一人で戦うことになっちゃうじゃない。わたしもルベと一緒に戦う!!」
「……チビに無駄死にしてほしくないんだよ」
その言葉は微かに聞こえてきた声で。
正直、ルベの言う通り、わたしには何もできない。わたしは足手纏いだ。
ベロニカとケールと違って、シアンを確実にやる術をわたしは持ち合わせていない。魂まで確実に。
魂まで……
「ある! ひとつだけ方法が! でも、それをやるには公爵様の安全を、って今がチャンスじゃない! ルベ、そのままシアンの気を引いて!!」
アンデッドの魔術陣を発動させていたために、シアンはゲルガー公爵から離れている。
今のうちにゲルガー公爵を救おうと、わたしは駆け寄った。
ゲルガー公爵に後一歩というところで、ゲルガー公爵が突然起き上がる。
「えっ!?」
そして、鋭利な光る何かがわたしを襲う。
あまりに予想だにしていなかったことで、わたしは転移どころか思考さえも追いついていなかった。
血飛沫が飛び散る。
生温かいその血が、ビチャッとわたしの顔にまで跳ねる。
それなのに、いつまで経っても痛みはやってこなかった。
その代わり、子供一人分の重みがわたしに覆い被さるようにのしかかってきた。その重さはずっしりと重い。
わたしのことを庇うようにゲルガー公爵との間に入ったミケが、ゲルガー公爵の持つ短剣で斬られていた。