優しさと甘さ
わたしは一人、みんなの待つ別邸に戻った。
「スーフェ、お帰り。えっ、どうして泣いているの?」
ボロボロと泣いているわたしに気付き、カルはすぐに駆け寄ってきてくれた。
「わたし、いつもルベに助けてもらっているのに、一番重要な時にルベの力になれなかった。何もできなかった自分が悔しくて」
「スーフェ……」
「わたしはいつも他力本願で、結局自分の力では何もできないんだって思い知った。王妃様の時もそう。わたしって、本当に役に立たないね」
王妃様の時はベロニカが全て解決してくれた。わたしは何もしていない、むしろあの時なんて、死にはぐって迷惑をかけただけ。
けれど、そう思っているわたしに、異を唱えてくれる人がいた。
「そんなことないわ!! あたしはスーフェがいるから、こんなに楽しい日々を過ごせているのよ!」
「ベロニカ……」
「そもそもスーフェがあたしに会いにきてくれなかったら、王妃様を治すことなんてできなかったし、スーフェのおかげで魔法も使えるようになったんだもの」
聖魔法に関しては、わたしがいなくてもゲームの強制力が働いて、高等部に入学する前には使えるようになるはずだ。
実はその話もベロニカにはしてある。してあっても、ベロニカは今、わたしのおかげだと言ってくれている。その想いが嬉しくて、さらに泣けてきた。
「私もよ。スーフェが突拍子のない作戦を立ててくれたおかげで、今の私がいるのよ。まさか王子の婚約者になれるなんて思わなかったけどね。しかも、冒険の旅に出ることができたのよ。本当に感謝しているわ」
ケールはチェスター王国の侯爵家の娘、しかも騎士の家系だ。お祖父様が冒険者のわたしと違って、普通なら冒険の旅に出るなんて考えられない。
でもそれは、ブルーの後押しもあったおかげ。わたしたちと一緒の旅ならいいとの条件付きで。
「私たちもです。スーフェ様のあのお歌のおかげで、救われたんです。……ある意味、地獄でしたが」
「「「ああ……」」」
アルカさんの言葉にベロニカとケール、ミケまでもが、苦虫を潰したような顔をして同意する。
「ちょっと!! ベロニカにケール!! ああ、ってどういう意味よ? ミケは“にゃあ”って言いなさいよ!!」
「だって、あの歌声は……」
「ええ、思い出しただけでも……」
「にゃあ……」
わたしには、みんなが何を言いたいのかさっぱりと理解が出来なかった。特にミケ。
「スーフェさん、私もあなたに感謝しています。だって、あなたは他力本願で何も力になれてないと言っていますが、その作戦のおかげで、子供たちもみんな、こうして無事にここにいるのですから」
無事に逃げられた孤児院の子供たちは、この後オルティス侯爵家の本邸に一時避難することに決まった。
あそこなら使っていない部屋がたくさんある。
それに、カルが面倒を見ている魔物たちの世話をしてもらいながら過ごしてもらえる。その魔物たちは、いざという時には応戦もできるという。
「スーフェが思っているよりも、みんなスーフェに力をもらっているんだよ。スーフェが楽しもうとしているから周りも楽しい気持ちになれるし、最善の方法を一生懸命考えて諦めないでいてくれるから、新しい道が開ける。それが、誰かのためを思ってのことだと知っているから」
「カル……」
みんなを見回すと、カルの言葉に頷き、優しい笑顔で微笑んでくれている。
「みんな、ありがとう。わたし、元気出た! わたし頑張る! 悔しい気持ちをバネにして、今以上に強くなるから!! よし! みんなに感謝の意を込めて、一曲歌うね!!」
どうしてか、全力で止められた。
しばらくするとルベが戻ってきた。その表情は暗い。
「ルベ! 大丈夫だった!?」
目の前に姿を現した人型のルベに、私は一気に抱きついた。いつも通り避けられると思いながらも。
「えっ!?」
スカッとわたしの両腕が空を切る、のではなく、ぎゅっと抱きつけた。人型のルベに。
「えぇっ!?」
いつもなら確実に避けられているはずなのに。ルベはボーッとして、心ここに在らずだった。しかも人型。
「ルベ? 怪我でもしてるの? 大丈夫?」
ルベが心配だ。けれど、わたしに突き刺さる視線も痛い。
「スーフェ、浮気?」
「ま、まさか!? わたしにはカルだけだよ! ルベ、早く黒猫ちゃんに戻って!! これじゃあ浮気感満載だから!!」
黒猫ちゃんに抱きつくのとキラキライケメンに抱きつくのとでは、やはり心象が違う。
ルベもカルの視線に気付いたのか、急いで黒猫ちゃんに戻り、しかも、わたしの腕の中からするりと逃げていく。
「もうっ、少しは黒猫ちゃんのもふもふを堪能させてよ!!」
「スーフェ!!」
黒猫ちゃんでもダメらしい。今もカルの視線が痛い。
お説教を喰らっているわたしをよそに、辺境にルベはケールに言いづらそうに言う。
「お前に協力してほしい」
「私? ええ、いいわよ」
何の説明もなく、突然ケールを指名するルベ。了承はしたものの、ケールもキョトンとしてしまう。
「お前は人を殺したことはあるか?」
「えっ?」
一瞬にして、場が凍りついた。
「ちょっと、どうしてそんな物騒なことを言ってるのよ。もう、ルベったら!!」
けれど、ルベは至って真剣で。だから、ケールもその問いに答える。
「ないわ」
「じゃあ、人間を殺せるか?」
「……それは、無理よ」
「そうか」
ルベは諦めたようだ。ルベは優しいから無理強いはしたくないのだろう。
「もしかして、ケールに光の剣でシアンの魂の入ったヨシュアさんを殺させるつもり?」
「ああ」
薄々その必要性については感じていた。けれど、酷だ。酷すぎる。
テレーサさんを見ると、テレーサさんは表情を変えない。テレーサさんがヨシュアさん自身が「命に変えても」と言っていたのを思い出す。おそらく、それしか方法がないのかもしれない。
でも、考えればきっとあるはずだ。
「他に方法はないの?」
「軀に入っている以上、それが一番確実なんだ」
軀と魂を同時に消滅させる。変に軀だけを亡きものにしても、タイミングよく魂が他に乗り移ってしまう恐れがあるから。
「でも……そうだ、魔石! 魔石に光魔法を込めて使えばいいんじゃない? シアンをどこかに閉じ込めて、光魔法を充満させるの!」
「……」
「ね、そうしよう! ルベも教会が火事になった時、聖魔法に包まれて成仏しそうになったんでしょ? 光魔法で包み込めばシアンの魂も浄化できるんじゃないのかな?」
「それだと、確実じゃない」
「やってみなきゃ分からないよ!! だって、ケールに人殺しはさせたくないもの」
いくら騎士の家系に生まれ、ご令嬢でありながらも騎士としての訓練も積んできたからと言って、やっぱりケールに人を殺めてほしくない。たとえ相手が極悪人であっても。
「ケールもその方がいいよね?」
「ええ、できることなら」
「ほら、そうしよう! 魔石ならいっぱいあるからさ!!」
「……分かった」
「ありがとう、ルベ!」
この時のわたしの甘い考えが、とても大切な人の命を脅かすことになるなんて。