救出作戦!
わたしの考えた子供たちの救出方法は簡単だ。というか、さっき目の前で見たから思いついたんだけれど。
「まず、ルベが孤児院に転移魔法でサクッと転移するでしょ。そして、魔術陣を描いた紙をセットする。そしたらカーヌムさんとテレーサさんに孤児院に転移してもらって、子供たちを連れて戻ってきてもらうの!」
どうしてか、一同みな不安そうな顔をしていた。
「えっ? だめ? すっごい名案だと思ってるんだけど?」
「だめ、というか、それでは根本的な解決にはならないと思うわ。それに、孤児院の子供たちを勝手に連れ去ったとか言って、公爵家と問題になるかもしれないわよ?」
「……それは困るけど、でも早くしないと子供たちの命も……」
ケールの言っていることも分かる。わたしたちだけの問題で済む案件ではなく、オルティス侯爵家に迷惑をかけるかもしれないということだ。
「元凶を潰すしかないだろ」
その言葉に一斉に声の主を見る。
「ルベ……」
「遅かれ早かれ、シアンのやつをどうにかしないと違うところから生贄を見つけてくるだけだ。ミケ、シアンの拠点は今もあの森の中でいいのか?」
「はい。俺がいた頃と変わってなければ森の中ですよ。孤児院のすぐ近くです。だから、そこのテレーサさんはすごく運が良かったんですよ。いくらヨシュアってやつが手引きしてくれたからって、見つからずに逃げることができたんだから。ま、シアンのやり方に賛同してる奴が残ってないのかもしれないけど」
孤児院とシアンの拠点は公爵領の森の中にあるらしい。孤児院から逃げ出そうとすれば、誰かしらは気付くはずだという。
公爵領の森と言えば、わたしの冒険の旅の始まりを思い出す。
まさかすぐ近くに敵の拠点があったなんて、カルとのデート気分を満喫しすぎて全く気付きもしなかった。
ルベは当時どこを通っても同じだと言っていたけれど、かなりニアミスだと思う。信じられない。
「あとは公爵様をどうするかだね」
「ゲルガー公爵のことは、私がどうにかするよ」
突然サロンに入ってきたその声の主は、
「お父様!」
わたしのお父様だった。お父様はもちろんたくさんの貴族様と交流を持っている。お父様に任せるのが確かに一番だ。
「ゲルガー公爵家には元々魔術師を雇っているのではないかという嫌疑がかかっていたからね。それをテレーサさんの証言で確たるものになるのなら、国も協力は惜しまないはずだよ。だから、少しくらい手荒になっても大丈夫だよ。ただ、テレーサさんにも覚悟を決めてもらわなければならない」
「子供たちが助かるなら、私は何だってさせていただきます。それはヨシュアの望みでもあるはずですから」
決意を秘めたテレーサさんの言葉に、お父様は優しく微笑んでくれる。テレーサさんはきっと、わたしには計り知れないくらい辛い決断をしてくれたのだろう。
「ところでお父様、公爵様ってどのようなお方なんですか?」
「ゲルガー公爵はとても人格者な方だったよ。お祖父様が呪いをかけられた時も、きちんと調査するから少しだけ待ってくれと、誠意を持って対応してくれていたんだ」
「あれ? でも、お祖父様の呪いを解くのに、公爵家の妨害があったんですよね?」
「ああ、そうだよ。実は調査すると言ってくれたものの、すぐに公爵様が倒れてしまってね」
「えっ、そのタイミングっておかしくないですか?」
偶然とは思えない。
「私もそう思ったけれど、ゲルガー公爵の息子が行方不明になってしまったこともあり、結局は真相は闇の中になってしまったんだ。ゲルガー公爵も表舞台には出なくなってしまったからね。もしかしたら、裏で誰かが糸を引いてるのかもね」
「誰かって、やっぱりシアン? お父様はお祖父様に呪いをかけられた時の魔術師を覚えていますか?」
魔術師は、初めはお父様を狙っていた。それを庇ってお祖父様が呪われたのだから、お父様も会っているはずだ。
「実は、どうしてだか魔術師の顔はボヤッとしていて顔が分からなかったんだ」
「わたしの図書館の時と一緒ですね。でも、どうやって?」
「きっと幻影術ですね。ヨシュアなら簡単にできると思います」
わたしたちの疑問に答えてくれたのはアルカさんだった。
「やっぱりヨシュアさんのことを知ってるんですね?」
「はい。ヨシュアは族長の御子息様ですから」
「族長の?」
「魔術師の一族の中でも、若くしてとても魔術に長けた方でした。だからこそ、魔術をもっと世に広めたいと飛び出してしまったんですけれどね」
ただ、魔術師に対する風当たりは強い。きっとなす術がないまま孤児院にたどり着いたのだろうと、アルカさんは言った。
「ヨシュアくんはね、ゲルガー公爵の代理を務めていたんだ。私も何度も会ったことあるよ。人当たりも良くて仕事もできたのに。まさか裏ではこんなことになっていたなんて、俄かに信じ難い話だよ」
「お父様はどう思われますか?」
お父様はふわりと笑ってわたしの頭を撫でてくれる。
「娘の話を信用するに決まってるだろ」
「お父様……」
「それに、優秀な諜報員がいるからね。情報収集をしてもらったら、ヨシュア君には表の顔と裏の顔があった。でも、残念ながらゲルガー公爵の現状については全く情報が入ってこなかったんだ」
「諜報員?」
わたしはミケを見る。
「俺じゃないですよ。俺はスーフェさんのお父様と初めましてですから!!」
ミケとお父様は、今まさに、初めましての挨拶を交わし始める。
「スーフェ、細かいことは気にしない方がいいよ。とりあえず、お茶飲んで。お菓子も食べて」
「ありがとう、カル! みんなもお菓子を遠慮なく食べよう。腹ごしらえは重要だよ!」
真面目な話をしているとお腹が空く。カルはわたしのことをよく分かってくれている。
「じゃあ、遠慮なく子供たちを助けに行こう! 後始末はお父様に任せよう!」
ということで、わたしたちは孤児院に乗り込んだ。
孤児院には子供たちだけがいた。テレーサさんが声をかけると、子供たちはわらわらと集まり始め、素直に話を聞いてくれた。
転移術で孤児院にいる全ての子供たちをオルティス侯爵家に避難させ、残ったわたしとルベは、転移陣が描かれてある紙を回収し、少しだけ孤児院を見て回る。
孤児院は本当に公爵領の森の中にあった。
「外にも誰もいないね。さあ、わたしたちも帰ろうか!」
その時、ルベの耳がぴくりと動いた。
「……これはこれは、魔王様、ようやく会いに来てくださったのですね」
振り向くと、そこにはシアンがいた。図書館で会った時と同じ、とても嫌な魔力を帯びて。
堪らずわたしの身体が拒絶するかのように震え出す。一瞬にして、敵うわけがない、そう感じてしまったから。
「シアン……」
ルベはぽつりと声を漏らす。そしてわたしに言う。
「チビ、先に帰ってろ」
「えっ、でも……」
まだ震えが収まらない。
「邪魔だ」
たった一言、ルベが放つ。
「分かった……」
わたしは二人から見えない場所に移動し、転移魔法でオルティス侯爵家へと転移した。
ルベのあの一言は、半分は本心で、半分は優しさだ。
わたしがいたら足手まといになるのは自分でも分かっていた。わたしが素直に帰るように、残るという選択肢を与えないように、あえてきつく言ってくれた。
「ごめんなさい……」
何もできない自分が情けなくて、悔しくて、涙が止まらなかった。