敵の現状
「ところで、その孤児院は公爵家が経営しているのよね?」
少しだけ重苦しい雰囲気の中、疑問を口にしたのはケールだった。
「突然そんなことを聞いてどうしたの?」
「だって、あまりにも理解ができなくて。うちの領地にも孤児院があるけれど、きちんと孤児院の現状を把握しているわ。もちろん孤児院に受け入れる予定の子供たちについても。だから、大量に子供たちが生贄になっていたらすぐに分かるはずよ?」
そんなことしたら、公爵家が取り潰されるのは目に見えているから普通はやらないと、ケールは主張する。
「まあ、それは間違いなく公爵家のばか息子が関わっていて、ばかだから普通はやらないようなこともやっちゃうんじゃない? お祖父様に呪いをかけるくらいだから」
けれどその時、お母様が話していたことを思い出す。
「あれ? そう言えば、公爵家のばか息子は行方不明になったって言ってたような気がする。実際のところどうなんだろう? テレーサさんは詳しい経営事情や公爵家のばか息子の行方は知っていますか?」
「ええっと、基本的には公爵様が全てを取り仕切っていらっしゃるはずです。ただ、ほとんどヨシュアが任されているのが現状でした」
「ヨシュアさんが? 公爵家のばか息子じゃなくて? やっぱり行方不明なのかな?」
「あの、公爵様の御子息様は、……お亡くなりになりましたから」
それは公表していない事実らしい。シアンを召喚した時に亡くなったのだという。
「じゃあ、孤児院のことはヨシュアさんというか、シアンのやりたい放題だったってことですか?」
「おそらく……」
「公爵様が裏で糸を引いているとかは?」
「公爵様に限って子供を生贄にするなどあり得ません!! 公爵様は本当に子供が好きで素晴らしい方なんです。あの方が子供たちを生贄にするだなんて……」
「そのへんはどうなの? ミケ?」
それを知るのに一番良い情報源がいた。ミケだ。みんなで一斉にミケをみる。
「えっ、俺に聞くんですか?」
敵から寝返ったミケは、一番情報を知っているはずだ。
「ミケの知っていることを洗いざらい話してよ」
「俺の知っていること? そんなこと言われても、孤児院のことなんて大したことは知りませんよ? でも、公爵様のことは調べたことがありますよ。そうそう、あの人珍しいんですよ」
「珍しい?」
「あの人、全く魔力がないんです」
「魔力がない?」
「はい。正確には、おそらく魔力がない、ですけど」
「全く魔力がないか、ミケでも気付かないくらいの魔力操作ができるってことか?」
「さすが魔王様! 魔王様のおっしゃる通りです。俺は大抵近寄れば魔力が流れているのくらい分かるんですが、公爵様って人は近寄っても全く分からなかったんですよ。だから魔力がないのかな? って思ったんです」
優秀な諜報員のミケは、特に魔力の流れに敏感らしく、よほど魔力操作に長けていない限り、隠蔽を使って隠すくらいじゃ簡単に見破れるらしい。
「もしも魔力がある人なら、かなり魔力を隠すのが上手いですよ。それこそ、魔王様レベルで。魔王様は全く分かりませんから。ちなみに、スーフェさんも最近はやばいくらい隠すのが上手になりましたね。昔はだだ漏れだったのに」
「ありがとう、でいいのかな? でも、ミケはわたしの昔のことまで知ってるの?」
「スーフェさんには全く興味がないけれど、魔王様の魔力を探ってたら、スーフェさんに辿り着いたんですもん」
あの時は心底ガッカリしたな、とミケは遠い目をしている。
わたしとルベは従魔契約をしている関係で、わたしの中にルベの魔力が流れている。それがだだ漏れだったらしい。
「だから、シアンのやつにまで見つかっちゃうんですよ」
「えっ!? シアンに見つかった?」
「あれ? 覚えてないんですか? 図書館でシアンに絡まれたでしょ? マーキングもされてたし」
「やっぱり、あの人がシアンだったんだ。それに、マーキングって……」
何となく表現が嫌だ。
「でも、どうしてわたしに?」
「そんなの魔王様の出方を探るために決まってるじゃないですか! 魔王様とスーフェさんの関係って謎ですもん。シアンのやつは魔王様が接触してくるのを待っていたんですよ。もちろん俺もずっと待ってたんですからね!」
わたしが図書館で会った魔術師かもしれない人。あの人に触れた指先に纏わりついていた嫌な感覚は、シアンの魔力が纏わり付いていたかららしい。
「俺はヤツが企むくだらないことに巻き込まれたくない。そもそもチビとだって関わるつもりはなかったんだからな」
ルベがフンっとそっぽを向く。
「もうっ、そんな悲しいこと言わないでよ! でも話を戻すけど、魔力がゼロって人は確かに珍しいって聞いたことがあるよ。でも、いるんじゃないのかな? お父様だって魔力がゼロだし」
でも、本当に珍しいらしい。だから、魔力操作が上手いと考えた方が良いのかもしれない。
「それに、なんとなく近寄り難い人でした。いや、近付きたくないが本音かな?」
「めちゃくちゃ怖い人なの?」
「いいえ、公爵様はとてもお優しい方です。私の小さい頃も頻繁に孤児院にも来てくださいました。でも、お倒れになられてからは孤児院にいらっしゃらなくなりましたけど」
「倒れた?」
「はい。でも奇跡的に復活したと聞いて、みんなで大喜びしましたから、今はお元気なはずですよ」
「はい。ぱっと見元気そうでした」
「じゃあ、公爵様は関係ないのかな? やっぱりシアンがうまく孤児院の情報を操作しているのかな?」
残念ながら、誰も明確な答えには辿り着くことはできなかった。
「わたしたちだけで考えても、きっと答えは出ないよね? とりあえず、今いる孤児院の子供たちを助けに行く?」
「えっ、本当ですか?」
「もちろんですよ!」
わたしの提案に、テレーサさんは感激している。
「スーフェったら、どうやって助けるのよ?」
「それはもちろん、魔術師頼みでしょ!!」
わたしの他力本願な救出計画は、ルベだけにとどまらず、カーヌムさんとアルカさんまでもを巻き込もうとしていた。