遠距離恋愛の恩恵
「スーフェお帰り。待ってたよ」
「た、だ、いま?」
サクッと転移したわたしは今、カルの目の前に立っている。突然姿を現したはずなのに、カルはにこりと笑って出迎えてくれた。
驚くどころかその余裕の笑みに、わたしの方がびっくりしてしまう。
「あれ? わたしが帰ってくることが分かってたみたいだね?」
「もちろん、スーフェのことなら何でも分かるよ。例えば、ケロベロスーちゃんっていう可愛いお友達ができたこととか!」
「うん! とても可愛いワンちゃんだよ!!」
その時、ふと思う。
「あれ? ケロベロスーちゃんの話って、まだしてないよね?」
魔術師のカーヌムさんとアルカさんの話は交換日記に書いたけれど、召喚獣のケロベロスーちゃんのことは書いてない。
こてりと首を傾げるわたしに、カルは悪戯に微笑んでいる。
「スーフェのことなら何でも分かるって言ったでしょ。とりあえず、お茶を飲んで、お菓子も食べなよ」
「うん、ありがとう」
ちなみに、カルを目指して転移したこの場所は、カルの部屋ではない。王都にあるオルティス侯爵家のサロンだった。
今日は学園のお休みの日で、カルはわたしのお父様のお仕事を手伝ってくれていたみたい。
差し出されたお菓子を食べながら、いつも通りのカルの様子に、ほっと胸を撫で下ろす。
けれど、どうしてか、久しぶりに会ったカルの姿は、カルだけれどもカルじゃない気がしてしまう。
(あれ? カルって、こんな雰囲気だったっけ?)
一息ついて、きちんとカルを見たわたしはどうしてか、急激に恥ずかしくなって、少しだけ目を逸らしてしまう。でも、やっぱり会えて嬉しいからちらりと見てしまう。
(……成長するの、早くない!?)
さすが成長期の男の子。一気に身長も伸びて、顔つきも男の人っぽくなっていた。
久しぶりに目にしたカルの姿は想像以上にとても逞しくなっていて、無性に胸が高鳴ってしまう。
きっと毎日会っていたらこんなこと思わなかったと思う。
正直言ってしまうと、カルに対する気持ちは、恋愛の好きという感情よりは、やっぱり弟みたいな感情が強かった。だって、わたしには前世の人生があったから。
(わたしとカルの本当の年齢差を考えたら、確実にアウトだよね?)
前世の法律的に、正確に言えば倫理的に。けれど、ここは異世界で、神様がカルを選んでくれた。言わば神様公認だから、決してアウトではないはず。
そう思ってしまったら、弟みたいな感情から変化しても、ありありなわけで。
(きっと、わたしは“きちんと”カルのことが好きになってるんだ。よし、カルも気にしてなさそうだし、前世の年齢はカウントしない! そうしよう!!)
最初はまだ好きじゃなかった。けれど、今は違うんだと思えた。そう自覚した途端、今の自分の状況を顧みる。そして焦る。
(わたしの姿って、化粧っ気もないし、髪もボサボサだよね? きちんとおめかししてくればよかった!! 旅の途中で急いできたから仕方がないけれど……って、そうだ!!)
その時、どうして急いできたのかを思い出し、わたしは本題に入る。
「カル、正直に話して。紹介したい女性がいるってどういうこと?」
「ああ! あの人だよ」
ソファーに座る女性を、カルは平然と紹介してくれた。その女性は突然現れたわたしに、心底驚いているようだ。わたしも目の前の女性を見て驚く。
「年上!? カルは年上の女性が好きなの? 同い年は嫌?」
目の前にいる女性は20歳代半ばかそれ以上の大人の女性だった。カルがまさかの年上好きと判明したわたしは叫ぶ。
「年上が好きだって言うなら、前世の年齢と通算したら、きっとわたしの方が年上だよ? ダブルスコア以上だから!!」
この瞬間、さっきまで前世の年齢はカウントしないと決めたことなど全て忘れ去られた。必死でわたしは年上アピールをする。
「……精神年齢はきっと一桁だろうけどな」
カルが答える前に、ルベが呆れたように言う。
「あれ? ルベ来てたの? でも黙ってて。今とっても重要なお話をしているところなの」
じとりとした視線をわたしに寄越したルベは、はあっとため息を吐くなり、口に咥えていた紙を部屋の隅の床に置いて、再び消えた。
何の紙を置いていったのかは知らないけれど、今はそれどころじゃない。
「カル、浮気してるの?」
「スーフェ、もしかして嫉妬してくれてるの? 嬉しいな。でも、浮気じゃないよ」
「えっ、じゃあ、その女性が本気ってこと? わたしが遊び?」
ずっとカルのことを放っておいたから、とうとうわたしは三行半を突きつけられた。
カルへの気持ちを自覚した途端、今までのツケを払わせられるような仕打ちがわたしを襲う。そりゃないよ……
「スーフェ、何か勘違いしてるよ? スーフェが精霊たちに頼んでいたこと、覚えてないの?」
「え?」
わたしが精霊さんたちに頼んでいたこと、と聞いてわたしは首を傾げる。綺麗な女性をカルに紹介しろなんて言ったことはない。
「公爵領の森の中で逃げてきた魔物たちがいたら教えてって、精霊たちに頼んでいたでしょ」
「うん。それと何の関係が?」
「彼女も逃げてきたみたいなんだ」
「えぇ?」
理解が追いつかない。思わず女性をジロジロと見てしまう。
「この女の人って、魔物なの? それとも魔族?」
「魔物じゃないし、魔族じゃないけれど、魔族から逃げてきたんだって」
「逃げてきた?」
瞬間、血相を変えた追ってが部屋に姿を現した。非常にやばいことが分かった。殺気を含んだ怒声を浴びせる。わたしに。
「ちょっとスーフェ!! 置いていかないでよ!!」
まずい。魔族よりも怖い人が一番ご立腹のようだ。乙女ゲームのヒロインに恨まれたら、破滅エンド確定。わたしの命に直結してしまう。
「ま、まさか、置いていってないよ。きちんと迎えに行く予定だったんだよ、もちろん忘れてないから!!」
「もうっ、嘘ばっかり!! ルベちゃんがいなかったら、本当にスーフェのことを呪っていたわよ!!」
怒りは収まらないらしい。
わたしが転移したのを見て、行き先はカルのところだと察したルベは、シュタイナー夫妻に転移陣を描いてもらい、それを持って転移魔法でこちらにきたそうな。
さっきルベが咥えていた紙には転移陣が描かれてある。紙を置いて再びみんなのところへ戻り、みんなで転移術で転移したみたい。
「やっぱり魔術って便利だね!」
笑顔で話を逸らそうとしても、そうはいかなかった。
「今度あたしたちを置いていったら本気で呪うからね!!」
「ごめんなさい、もうしません」
どうにか命だけは繋がった。本当にブルーの側室にでもなってもらって、チェスター王国の高等部に行ってもらうことも視野に入れなければと本気で思った。
「魔術……」
わちゃわちゃしているわたしたちのやりとりを見て、女性が青褪めた顔で呟いていた。