転生か、成仏か
「あ、死んだ……」
そう思ったのがついさっき。
とても可愛い男の子を助けるために、歩道に突っ込むトラックの前に飛び出したわたしは、無念にも命を落とした。
……はずなのに。
「……ここは、どこ?」
わたしの目の前には、物語の神様がいるような世界、金色に輝くふわふわの雲が一面に広がっていた。
だから、一瞬にして理解した。
「あ! わたしってば、とっても良い子だったから天国に来たんだね!」
「自分で言っちゃうのはどうかと思うけど、あながち間違いではないね」
突然聞こえてきたその声に、わたしは後ろを振り返り、その声の主の方へと目を向けると、そこには見覚えのあるあの男の子が立っていた。
「君も一緒に死んじゃったの? 助けてあげられなくてごめんね」
「いや、死んでないし」
「え? でも……?」
(天国にいるってことは、一緒に死んじゃったってことだよね?)
戸惑うわたしに向かって、その男の子がにこりと笑って告げた。
「助けてくれたお礼に、異世界に転生させてあげるよ。だって、僕は神様だから」
わたしは耳を疑った。目も疑った。ついでに自分の頭も疑った。
「神様? うっそ、絶対ないって!」
あはは、と笑うわたしに、目の前の自称神様は、言葉を続ける。
「嘘じゃないよ。君は僕を助けるために死んでしまった。それじゃあ、君が可哀想だからね。第二の人生、エンジョイしてみない?」
「第二の人生……」
(てか、エンジョイしてみない? とか軽くない? めちゃくちゃ胡散臭いんだけど!! それにどう考えても、神様には見えないよね?)
目の前にいる自称神様は、正直言って可愛すぎる。
金色に輝く髪は、毛先がくるんとカールして、同じ色の宝石のような綺麗な瞳も相まって、異国の子供のようにとても愛らしい。
(まさかね。こんな可愛い子にそんな力があるわけないじゃない。それに、こんなちびっ子が神様だなんて、ないない)
「ちびっ子は余計だよ?」
「えっ、思考を読まれた!?」
わたしが驚くと、自称神様は、フフンと鼻を鳴らして得意気に笑う。その姿はどう見てもちびっ子だと思う。
「異世界って言っても僕の作った世界なんだ。君のことをもう一度、元いた世界に生き返らせることはできないから、せめて今度は違う世界で生きてみない?」
……わたしは自分の頬をムギュッと抓った。
(痛っ! てことは、夢、じゃない?)
夢ならば覚めて欲しいわけではない。もし覚めたとしても、きっと自分の人生は終わっていると、なんとなく予想がついていたから。
だから、わたしの選択肢は二つしかなかった。
(異世界転生か、成仏か……)
「なら、冒険ファンタジーの世界でお願いします!」
自分でも呆れるくらい、清々しいほどの即決だった。図々しいと思いつつも要望をも口にした。
自分が異世界に転生するかどうかの選択を迫られるとは思ってもみなかったけれど、そういうところはちゃっかりしていた。
(よくある乙女ゲームの世界は絶対に嫌。あんなシナリオありきの世界に行ったら、人生終わったも同然じゃないの。でも冒険ファンタジーの世界なら、全てが自由なんだから!!)
「転生者第一号の出血大サービスで、前世で君の得意だったことをスキルに加えてあげるね。スキルって分かるかな? 特別な能力ね」
(転生者第一号って、わたしは実験台かい!!)
わたしは自称神様にジトリとした視線を送ったのは言うまでもない。そして、続けて思う。
(前例がないってことは、もし今後があれば、わたし基準ってことだよね? それなら、もうちょっと転生者の都合の良いようにならないかな?)
「ねぇ、自称神様? か弱いわたし一人の冒険じゃ心許ないから、強い従魔もサービスしてよ。でも怖いのは嫌だな。猫ちゃんみたいに可愛い見た目が理想だな。精霊に愛されるっていうのもいいなあ。うーん……でも、自分で戦いたくないから、やっぱり従魔がいい!」
わたしはダメ元でお願いをした。
この自称神様が言うとおり、異世界というものが本当にあったとして、自分が本当にその異世界に転生した時、転生した瞬間に魔物の類に殺されてしまうのだけは絶対に嫌だから。それに……
(あとでお願いできるかどうかなんて分からないし、我儘を言うなら今しかないよね!)
「いいよ、最強の従魔ね! 簡単簡単。君、可愛いから適当な魔法や便利なスキルも追加しておくね」
「本当に! ありがとうございます!! あっ、アイテム袋も必要だよね。無限収納、時間停止機能付きの超万能なものがいい!」
冒険ファンタジーの物語では、アイテム袋は絶対に欲しい必須アイテム。何でも入る、あの猫ちゃん型の青いたぬきのポケットのようなものだから。
「じゃあ、今ならおまけでもう一袋、なんなら僕のアフターサービス付き! 説明書はアイテム袋の中に入れておくね。生まれた時に君が持っていたら変に思われるだろうから、そのうち君に渡しに行くよ」
「自称神様、最高!!」
通信販売のテレビ番組を思わせるような、この自称神様の提案に、わたしは心躍らせた。
けれど、本物の神様かどうかはまだ信じていない。信じられるわけがない。
「転生先は、ロバーツ王国っていう魔法の国だから! じゃあ、頑張ってね。バイバーイ」
自称神様のこの軽いノリを、もっと警戒していればよかった、と思うのは、この数年後。
この時のわたしは、自分の運命を知る由もなかった。
まさか、冒険ファンタジーの世界に転生するはずが、乙女ゲームの悪役令嬢に転生することになるなんて……