表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
楽園追放Ⅰ 僕の儚くも浅ましきイデア  作者: 高坂悠貴
1章 Anthem
7/31

1章6話 - 戦う理由

次話バトルパート

 ローズはてばやく()(しゃ)(ぶつ)を片付けると、優しい沈黙をたもったまま、ヒロの隣に腰かけた。ゆっくりとソファが沈む感覚に、傷付いた心を(あい)()されるような(さっ)(かく)(おちい)る。


「先ほどは大変失礼しました。争いに巻き込まれ、命の危機に遭い、……命拾いしたかと思えば騎士となり戦場に立てと命じられる。その不安や戸惑いを配慮しきれず、本当に申し訳なく思っております」


 違う。死ぬことは怖くない。誰かを傷付けてしまうことが恐ろしいのだ。

 そう説明しようにも吐き気は健在で、ヒロは黙って聞き役に徹することにした。話したところで理解してもらえるとも思っていない。


 むかいあうのではなく、かたわらに寄り添うことを選んだ彼女は、そんなヒロの諦観に気付くことなく淡々と言葉を続ける。


「ですが、どうかご(よう)(しゃ)を。(ひろ)さまにとって平穏が日常であるように、騎士にとっては(しん)()と戦うことが日常なのです。また騎士の適性を持つ者は()(しょう)で、()(ごの)みする余裕はありません。なによりアシュレイ卿は〝矜持〟を冠する騎士ですから、どうしてもご自身の正義を他人に押し付けてしまわれるのですわ」

「……そんな、」

「事実ですわ。彼女にとって譲れないもの、守りたいものがあるように、他の方々にもそんな想いや価値観があるとは思えないし考えない。いいえ、むしろ考えないようにさえしている」


 もうここにはいない少女の(れい)姿()を、そっと(のう)()におもいえがく。


 意志が見えた。心の強さを感じた。守るという決意、戦うという熱意が、シャロン・アシュレイという存在をささえる()(しん)であるように思えた。その輝きを(まぶ)しいと思いこそすれ、不快に思ったことはない。


 そんな内心すら見通すように、ローズは優しくヒロの手をなでる。


「彼女を()しざまに言いたいのではありません。あの(こう)(まん)さは騎士に必要なものであり、我らをとりまく環境を考えれば()()(こう)(りょく)とも言えましょう。――そう、機関には他人の事情を(いっ)(さい)(がっ)(さい)無視できるだけの手段がある」

「手段……?」

「ええ。我らが〈秘なる霊液(エリクシル)〉とよぶ、特定の記憶を(はく)(だつ)する効果をもつ薬液がございます。適性者がご(ねん)(ぱい)(ちょ)(めい)(じん)ならば病死や事故死として()(せき)いりしていただきますが、あなたさまは(がい)(とう)しないため、これを(もち)いて地域一帯の〝消毒〟をおこなうのですよ」

「ええと……にわかに信じがたい話ですね」


 それこそ漫画や小説くらい非現実的な事態に直面したばかりだ。なのにローズの説明はヒロの心を上滑りしていく。正直に言って、どういう反応をすればいいのかわからない。


「ふふ、そうでしょうとも。わたくしも数年前にまったくおなじ反応をしましたわ」


 ローズは足を組み替え、てのひらをヒロから(ひざ)(がしら)に移した。そのまま過去へ思いを()せるように遠くを見つめ、静かに語りだす。


「わたくし、実は騎士として新参者なのです。数年前に適性を見出され、今の紘さま同様、選択肢をあたえられることなく伝説ある王城(キャメロット)の騎士となりました」

「……それは……さぞつらかったことと思います」


 養護施設で育ち、この春に高校生となったばかりの世間知らずでも、なんとなく察することはできる。きっと彼女には親兄弟や友人がいた。夫や子供だっていたかもしれない。職に就いていれば積みあげたキャリアもあった。そのすべてが(まっ)(しょう)されたのだ。つらいの一言では、(とう)(てい)言い表せないだろう。

 だが返ってきた言葉は、まるで思いがけないものだった。


「いいえ、それは違います。もちろん機関はこちらの事情など最初から()()にもかけていなかったのでしょうが……わたくしにとってもこの任は選び、掴みとったものなのですわ」

「……っ!? どうして、ですか?」

「子供がいるからです」


 声音に悲しみの温度が(とも)った。

 瞳のなかでちらちらとまたたく濃爛(のうらん)(さび)しさが、彼女にとっての(むしばみ)であり、しかし同時に生きていくための(かて)であることを知る。


「わたくしが目を離した(すき)に、まだ幼いあの子は連れ去られた。……次に見つけたときにはもう、なにを吹き込まれたのか誘拐犯を家族だと思い込み、わたくしのもとに帰ってこようとはしなかった」


 (ふん)(べつ)もつかないほど幼いうちに生き別れになったのなら、肉親を()(にん)するのも無理からぬ話だ。あるいはストックホルム症候群なのかもしれない。これは犯罪被害者が、様々な要因によって、犯罪者に好意を抱いてしまうことだ。


「紘さま。わたくしはあの子を探すためだけに騎士となったのですわ。騎士になれば機関の後ろ盾を得て、世界中のどんな場所にも行くことができる。どれほど身分の高い者にでも接触できる」

「……その子のことが、とても大事なんですね」


 彼女の語る〝本当の両親を知らぬ子供〟がまったくの他人事とはおもえなかった。


 ヒロが両親について知っているなけなしの情報は、大規模な事故により()くなったらしいということだけ。「らしい」などと(あい)(まい)な表現をしたのは、遺体が特定されなかったせいだ。当時赤ん坊だったヒロの記憶にも、第三者の記憶や(ぶっ)(しょう)にも、両親の(こん)(せき)は残らなかった。

 今年で十五年目を迎える。おそらくこの先も、家族についてなにひとつ明かされないままだろう。


 憶えていない両親の死を(なげ)き悲しむほど、()(よう)な性格はしていない。けれど、だからこそ道端で()えづく雑草や、今は料理というかたちに変わってしまった生命のいきつく最涯(さいはて)に、ひとり涙ぐむのかもしれなかった。大事なものを、大事だと認識できるまえに(うしな)ってしまったから、こんなにも無差別に、あらゆるものに命の価値を見出してしまうのかもしれなかった。


「どんなに傷付いても、どれほど傷付けても、……それでも戦わなければならない意味や覚悟が、あなたがたにはあるんですね」

「ええ。だからこそ、紘さまにも前向きに考えていただきたいのです。選択肢のない不自由さのなかで、自分になにができるのか。なにを望み、なにをなすべきなのか」

「……!」

「騎士の要件とは、特異領域に存在できることのみにあらず。特異領域を〝創造する〟ための信念も問われます。……紘さまはあの世界で植物を(つく)りだしたのでしょう? ならば、あるのではありませんか?」



 ――あなただけの、揺るぎない信念が。



 ローズの言葉は投石となり、心という湖に()(もん)をえがく。


 自分だけの揺るぎない信念。誰に(わら)われ(けい)(べつ)されようと、どれほど現実に(そく)しておらずとも、どうしても捨てられなかった願い。争いが苦手なのに(ゆず)れなくて、どれほど間違っていようと守りたいもの。

 それは――……。


「僕は……」


 思考の(くう)(げき)が埋まるのを待たずして、ローズが(けわ)しく(しゅく)()する。

 母親の()(あい)をたたえた双眸が、転瞬、騎士然たる()(はく)(はら)んだ。


「敵襲です」





「ごっ、ごめ、ごめんねヒロ、ごめんなさい、シャロン……っ」


 わあわあと泣きわめく声が、廊下に響く。

 いつまでそうしているつもりなのだろう。謝罪の言葉を聞きたくなくて、今まで以上に歩を速めた。それが苦痛だったらしく、繋いだ手の先で、泣き声がさらに大きくなる。


「――泣かないで!」


 気付いたときには叫んでいた。


「やめて、謝らないでよ! 私が悪者みたいじゃない! 世界のため、人類のため、――あなたのために戦っているのに!」


 気付いたときには遅かった。一度すべりおちた言葉は取り消せない。誰かの耳に届いてしまった言葉は奪い返せない。離してしまった手は――……。


「……シャ、ロ…………あ、あたし、」


 薄い(はしばみ)の双眸が、またたくまに悲しみと苦しみで(くろず)んだ。()()をなくした指先は血の気をなくして(あお)()め、痛々しいほど震えだす。


 ――違うの。こんなこと言うつもりじゃなかった。

 ――私、本当に……あなたやヒロを責めるつもりなんてなかったのよ……!


 そう言いたかった。でも言えなかった。

 パンドラの「ごめんね」が「早く(なぐさ)めて」に聞こえた。「あたしは悪くない」「あなたは謝らないの?」と責められた気がした。


 わかっている。これはただの被害妄想だ。彼に騎士となることを強要し、苦しめ、泣かせてしまった罪悪感による幻聴だ。彼女は(いや)みを言うような子ではない。

 一方で、シャロンは。シャロンが吐きだし、パンドラに投げつけたあの言葉に、責める()()がなかったと言えば嘘になる。


 この子にだけは嘘をつきたくなかった。けれど自分の非をすべて認められるほど強くもなかった。後悔と(こう)(まん)(いた)(ばさ)みにあいながら、せめてもの()(きょう)(てん)()りあげる。


「……()(へい)があったわ。私は私のために戦っている。今の言葉は忘れて」

「でも、あたしのせいで……シャロン、いっぱいケガして……」


 ああ、ほら。わかっていた。とっくに知っていた。

 彼女はいわば清水の笹舟。()がなければ(かじ)もなく、周囲の地形や流速にただただ(ほん)(ろう)される。「あなたのために」なんて響きが美しいだけの、恩着せがましい言葉で寄りかかってはいけない存在なのだ。


「騎士になって、みじめな人生をやりなおす。新しい自分に……私が望む〝私〟になる。そのための必要経費よ。勘違いしないで」


 パンドラに聞かせることで、自分に言い聞かせる。

 これは嘘じゃない。なにも間違っていない。シャロンの生きてきた世界はすでに地獄だった。もうまともに(おぼ)えていないけれど、みじめで、つらくて、苦しくて。だからこそ、美しく光り輝くものになりたかった。たとえ傷付き、命を落とすことになろうとも。生死となりあわせの戦場が、どこまでも痛く、苦しく、おぞましい場所であろうとも。自分で道を()(ひら)く存在になりたかった。


「……私は敵と戦い、あなたを守る道を選んだ。そういう生き方を望んだ。どんな敵が相手だって、どんな味方がいたって、決して変わらない。だから謝らない! ヒロにも、あなたにも、絶対に謝ったりしないんだから!」


 自分の(ほお)を、自分で(たた)いた。乾いた音が廊下に(こだま)する。


 そうだ、生まれ変わったのだ。騎士として生きることを定めとしたのだ。ならば一体なにを戸惑う必要がある。誰が否定しようと騎士の本質は変わらない。彼に理解されなかったくらいで揺らぐ生き方などしていない。


 私は、シャロン・アシュレイは、王城の騎士だ。

 世界を護るためにすべてを失ったお姫様(パンドラ)を、命つきはてるまで守りぬく者だ。


 今一度その決意を我が物とした(せつ)()――まるで見計らったかのように、世界が黄金色の光暈(こううん)でつつまれた。(いん)(いん)たる(とっ)(かん)は、当然、シャロンの(きょう)()をうけて(つく)りだされたものにあらず。神魔による襲撃だ。


「……! これは!」

「アシュレイ(きょう)、敵襲です!」


 声のした方角に目を(てん)じれば、ローズたちが駆け寄ってくるところだった。

 領域が彼らを内包するほどの広さだったのか、それとも奇襲を感知したローズが侵入をはかったのか。どちらにせよ味方が増えるのならば心強い。なぜなら敵は――……。


「この黄金色……またカインと見るべきかしら?」


 黄金に対応するのは〈(きょう)()〉か〈(ごう)(まん)〉のどちらか。

 ()()(ばや)の問いかけに、ローズは即座に答えをはじきだす。


「いいえ。魔力の質を(かんが)みるに、原初の咎人(カイン)ではなく、彼の胤裔(いんえい)グレンデルでしょう」


 (けん)(げん)させた()(とつ)(けん)をかまえながら、シャロンは彼らに気付かれないよう(あん)()した。


 ローズは後方支援型だ。(さく)(てき)に特化しており戦闘経験が浅いために、前線はシャロン(たん)()となるだろう。だが魔獣(グレンデル)ならば騎士()(せい)がはたらく。勝機は充分だ。


「ローズ、あなたはパンドラの()(えい)を最優先に。(ゆう)(ずう)がきけそうなら〈世界再構築デ・コンストリュクシオン〉のサポートをお願い。今より開幕する英雄(たん)は、(じょ)()()〈ベオウルフ〉。私の邪魔にならないよう頼むわよ」

「はい、承知しております。アシュレイ卿」

「シャロンっ、気をつけて……! ぜったいむりしちゃダメなんだんだからね……っ!」


 返事はしない。いや、できない。

 ここは今から戦場となり、シャロン・アシュレイは騎士として(おもむ)く。

 傷ひとつ負わぬ場所を〝戦場〟とは呼ばないのだから。



まだ続く

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ