4章1話 - エピローグ
「わあっ、おかあさん! 見て見て! 桜が咲いてるの!」
「あら、本当。もうぜんぶ散ったと思っていたのに。桜の生命力ってすごいのね」
「やった! 今年まだ花見してなかったんだよな。いつものメンバー集めてやろうぜ!」
「綺麗だけど、こういうのも異常気象のせいなのかな。そう考えると素直に喜べないっつうか、ちょっと怖いよなあ」
「くそっ、なんで今日にかぎってスマホ家に置いてきたんだオレは」
一碧の空がみえた。ついで、風にのって桜の花びらが舞い踊った。
井の頭公園を訪れた人々の、驚き、喜びにみちた声が響く。
暖かい春の陽光がきらきらと輝き、あらゆる色彩を際立たせる。
自分ひとりでは決して有り得ない、叶わない、たくさんの生命であふれかえっていた。
「……カインも行ったようだな、恋人を迎えに」
「ヒロが起きるまで待てばよかったのにね」
「照れくさいんだろ。そういう男だよ、あいつは」
ぼんやりしていると、聞き慣れた声と、聞き覚えのある単語が優しく耳に転がり込む。仰向けになったまま、わずかに右へ視線をやった。ナオがいる。左側を覗けば、そちらにはシャロンがいた。
身動ぎの気配を感じたふたりが、ヒロに笑いかける。そこかしこの亀裂から植物が顔を覗かせ、緑の絨毯となったアスファルトに寝転がったまま、三人一緒になって笑った。
「おかえり、親友」
「おかえりなさい、ヒロ」
「……ただいま、ナオ、シャロン」
晴れわたる蒼穹。
やわらかく彩られた新緑と、美しく舞いおどる桜の花。
この春爛漫たる世界には、死が存在する。悲しみや苦しみに終わりはない。誰かを傷付けることも、誰かに傷付けられることも、どれほどの努力や願いがあろうと不可避のものとして在り続ける。
ただひとつ例外があるとするなら、それは心を得てしまった〈神々の門〉だろう。唯一〝バベル〟だけが死を追放し、悲しみも苦しみも、争いさえ存在しない夢のなかに、人々を誘うことができたのだ。
それは世界再構築という名をした精神汚染。楽園の名を冠する地獄。
ゆえに〝ヒロ〟は望まない。
誰かを傷付けてでも、生きていく。
誰かに傷付けられても、前に進みつづける。
皆守紘として生きていくことをやめたりしない。
楽園を追放してでも。
最終話です。本作にお付き合いくださり、本当にありがとうございます! 作者は産みの苦しみを味わいつつ、書きたいものを思う存分に書きました。あなたにも楽しんでもらえれば、これ以上の喜びはありません。
本作はpixiv BOOTH、amazon、Bookbase さんにて電子書籍にて配信しています。(短いおまけ小話と後書きつき)
投稿した作品を削除する予定はありませんが、高坂の執筆活動を応援したい方、お手元においておきたい方は、ぜひご利用ください。
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