表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
楽園追放Ⅰ 僕の儚くも浅ましきイデア  作者: 高坂悠貴
1章 Anthem
10/31

1章9話 - 殷き蹉跌

1章はこれにて終了。タイトルは「あかき さてつ」と読みます

 (きょう)(さい)の地だった。


 (ろう)(そく)のみを、この場の()()たる(あか)りにしていると言われなければ気付けないほど、大小濃淡の黒白は群れなすものの(りん)(かく)をうかびあがらせる。そう、そこは光り輝くもので埋め尽くされていた。(こう)(しゅ)をとわず、(せい)(れん)の有無をとわず、かつて山岳川海に身を置いていたであろう鉱物が、(せん)(こう)の品々にかたちを変えて満ちている。


 (けん)(そう)()(じゅう)があった。(つえ)が、石弩(いしゆみ)が、(てっ)(せん)が、(なぎ)(なた)が、(せん)(つい)があった。戦争するための……より効率的に他者を傷付けるための、ありとあらゆる手段(ぶき)がそろっているさまは、まさしく〈()()()()()〉と称するに(おぎな)ってあまりある。


 そして無数の(さつ)(りく)道具をあまさず(はら)頻闇(しきやみ)と、その頻闇ごと内包する黄金の大広間は、その場の全員に軽々とは無視できない圧迫感をあたえているはずだった。


 ()(さん)があるとするなら、彼がそのような愛らしい神経をもつ常人の枠組みから(いつ)(だつ)していることだろう。(かん)(だん)のない(あん)()も、そのなかにあってなお()(しお)(こつ)(にく)のかぎりを(ささ)げよと(さん)(さん)輝く武具たちも、殺戮と(ちゅう)(ぞう)()べる〈弟殺し(カイン)〉にとっては(さく)(じつ)の月に等しい。


「――あいつがいた」


 戦に身を投じる者が大なり小なり持ちあわせるはずの(きょう)(ほん)なく、ただひたすらの(ごう)(まん)を声音に(にじ)ませて。冷徹に、(とう)(てつ)に、(せい)(ひつ)のなかに佇む〝()(きょう)〟にむけ、カインが呟く。


「こんなしみったれた情報じゃ確定できねェが、確定したものとみなして動く」


 ()()と化していたグレンデルがすまなさそうにうめいた。(あい)(しゅう)をやどした(ほう)(こう)は、(ろう)()(しゃ)のそれだ。彼は人型をとってはいるものの、本質はあくまで魔獣。父祖たるカインと異なり、人語の発声を()()()としている。

 そんな彼が、たとえ借り物の(さく)(ぼう)とはいえ、立派に〈恩恵享受〉をなしたのだ。カインは(しゅう)(ぼう)(しん)(じゅう)にいくばくかの褒言(ほうげん)をあたえたのち、金銀非対称の双眸でさきほどの描像をとらえなおす。


 死者の安息地たる(ひん)(きゅう)は、彼らのやりとりのさなかも、ただ(もく)すばかりだった。(きょう)(ない)が虚を(はら)むならば棺、実で満ちるならば柩と言うが、現状どちらに該当するのか、当事者以外には判別がつかないだろう。もしかしたら、すでに何処ぞに去ったかもしれない。それでもカインの話は、聴者側の(そん)()をとらえることなく続いていく。


「シャロンだったか、そいつは無視していい。てめえ、前に子供がいるって言ってたからなァ。殺しちゃまずいかといちいち気遣うのも面倒くせェんで、勝手に確かめさせてもらったけどよ……とんだ()(ゆう)だったわけだ。まァ、あのふたりの()(じょう)について(ぼう)(しょう)とれたんだからな、てめえの作戦はそれなりに意味があったんだけどよ」


 そこで言葉は静かに途切(とぎ)れる。雑談のかわりに身をのりだした沈黙は、()(こく)(しゅう)(しゅう)たる()(はく)に満ちていた。(とが)めるように、(くぎ)をさすように。(はる)かな過去に刻まれた憎悔(ぞうかい)()(てつ)、いまだ癒えぬ裂傷を深々と傷付けるかのように。


「――ローズ」


 彼の心性にまるで似合わぬ()(ぎゃく)()(しょう)で、彼の心性そのままの殺意をのせて。


「ようやく見つけた。オレ様の獲物に手ェだすんじゃねえぞ」


 決意は宣誓となり、(けん)(せい)となって黄金城に響く。


 (いら)えはない。相手の姿が見えないのだから、(しゅ)(こう)されたのかどうかも判然としない。だがその言葉を最後にしてカインは(きびす)をかえす。グレンデルも(ずい)(はん)()となった。そもそも(やく)(だく)を得る気などなかったとしか思えない(きょ)(どう)は、やはり聴者を揺り動かすには(いた)らなかったけれど。


 (きょう)(おん)が遠ざかる。

 (しじま)がひろがっていく。


 武器庫が無人と化してようやく、(がん)(かん)(ふた)がひっそりと内側から押しあげられた。巨岩を穿(うが)(つく)りあげたとは(とう)(てい)信じられぬ、まったく重量を感じさせない、なめらかでやすい(きょ)()。なのにそれは、どうみても人という種でうまれついた女子供の()(たい)(せん)をえがいている。物理的に考えて支えられるはずのない素材と構図だ。

 けれど物理如何(いかん)について言及するなら、腕の可動部をおさめる()(きょう)の内側にこそ向けるべきだろう。


 そこはただ、ただ、()()のごとく(おびただ)しい〝朱殷(あか)色〟であふれかえっていた。


 おそらく陽のあたる場所ならば、(ひつぎ)(わく)(ぶち)限界にまで満々と揺蕩(たゆた)うこの色あいは、薔薇(ばら)のごとき真紅なのだろう。しかし今、漆黒と(かな)(もの)に埋め尽くされたこの場所においては(あかぐろさ)――()びた()(しお)の海でしかなかった。



まだ続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ