異世界2
ルシアは、跡形も残さなかった。
生き物には、共通事項がある。
それは、強者が生きるために、弱者を狩ること。
それは、全ての生きるものにとって必要な行為だ。
ルシア自身もそれを行っており、その社会の一員だと自覚している。
けれど。
(これは違う)
齧られた死体。
弄ばれた躯。
———目の奥が痛い。
それは、怒りか、悲しみか。
ここまで、圧倒的に殲滅して良いと感じたのは初めてだ。
小等部でいじめというものにあったときも、あのワガママ女に振り回されたときも。
決して動くことのなかった感情が、今、絶対的な存在感をもって、ルシアを支配している。
「・・・」
ルシアは、昏い瞳で周囲を見渡した。
周囲は、恐怖と悲哀で満ち、沈黙は大きな痛みを雄弁に語る。
ルシアは首を軽く横に振った。
腕の中には、助けられた命がある。
「とにかく、寝床が必要だな」
『拝借』
突風が森から葉を運び、簡易の寝床が作られる。
ルシアは、腕に抱えていた少年を、そこに寝かせた。
他にも助かった者たちがいる。
ルシアは立ち上がり、なるべく音を立てないように歩き出す。
皆、いずれか怪我をしている者ばかりだ。
ぼろ布のようになった服を身にひっかけているだけの者もいる。
けれど、それを気にする余裕などなく、ただ、大切な人の躯に縋っている。
ルシアは、無理に躯から彼らを引きはがすことはせず、静かに近づくと、『治癒』と小さく唱え、彼らの傷を治して回った。
とうに日は落ち、あたりは夜に包まれ、気温も下がっている。
しかし、今は火を見ることを怖がるものもいるだろう。
ルシアは、村全体に結界を張った。
これで、何人も入り込むことはできない。
森の冷気であっても。
何人目だろうか。
『治癒』
治癒を行い、そのままそっと去ろうとすると、
「あの」
木箱に凭れ掛かりながら座り込み、荒い息を繰り返していた女が、体の変化に気づいたのだろう。そっと、顔をあげた。
金色の髪をした若い女だった。
「どうした」
膝をつき、なるべく、静かな声で問いかける。
なるべく、距離はとるようにした。
今はあまり近づかれたくないだろう。
「今、何を・・・?」
「傷を治した」
心は癒せないが、とセオリーなことを心の中で思いながら答える。
女は何度か腹を撫でた。
見れば、服は何かで切られており、しっとりと濡れている。
おそらく、腹を裂かれて、今まで出血していたのだろう。
「うっ」
ぽろりと女の瞳から涙が零れた。
ルシアはポケットからハンカチを取り出すと、女に渡した。
女はそれを受け取ると号泣した。
「~~~~っ」
握りしめたハンカチに顔を埋めて、声なき叫びをあげる。
「大丈夫だ。おまえは助かった。怖いものはもう来ない」
いかに厳しい現実があったとしても、今は休めばいい。あの恐怖の終わりは確かなのだから。
女は泣きじゃくり、縋るようにルシアのマントをつかんだ。
ルシアはマントを外すと、女にそのまま被せた。
「悪いが私は他の者をみなければならない。だが、ここの安全は約束する。温かくして休め」
ルシアはそう言うと、立ち上がり、再び、歩き出した。
そして、再び何度か同じことを繰り返していると、2人の男が近づいてきた。
一人は年配の男、もう一人は、その息子だろうか。顔つきが似ている。
「少し、お話をさせて頂いてもよろしいでしょうか」
若い男が問いかけた。
ルシアは、軽く首を横に振る。
「あの高台の10軒ほどはまだ確認していない」
「ありがとうございます。二人ですでに確認し、集会場に運んでいます」
「そうか」
先ほどから、高台で人の動きがあることは知っていた。
おそらく、村のまとめ役の誰かが何とか活動しているのだろうと思っていたが、その通りだったようだ。
よそ人のルシアは、声をかけることはできなかったが、同族の彼らなら、声をかけても問題なかっただろう。
「先にそちらを確認しよう」
「重ね重ねありがとうございます」
男たちが深く頭を下げた。
「気にしないでください。できることをするだけです」
男たちは再度頭を深く下げると、ルシアを案内して歩き出す。
その後ろについていきながら、ふと、暗くなった空を見上げた。
あの女は、私に何をさせたいのか。
今回ばかりは、引き裂かれそうな胸の痛みに、恨み言の三つくらいはぶつけようと思った。