カモがネギをしょってやってきた4
「ルシア!」
ママのベッドで寝ていたルシアは、突然の訪問者に、とっさに跳ね起きると、布団を握りしめた。
「この聖域にだけは入るな!!」
「わかっているわ。ママの了解はとったの。その、ママの良い香りがついたお布団も、持って行っていいそうよ」
「なに!!本当かっ♡」
「ルシア。きっと、よそ様からみたら、気持ちの悪いマザコンさんね」
「理解できない者など放っておけ。貴様、私の布団は平気で踏み荒らすからな。ここだけが、この世で私の聖域だ」
「その聖域をもらう約束も取り付けたのよ。感謝してね」
ルシアがこくりと頷く。
「それは感謝してやろう」
「というわけだから、ルシア。朝ごはんを食べて、2時間後に出発よ」
「ああ、かまわんが、どこへだ?」
「昨日言ったでしょう。異世界よ」
「・・・」
「どうしたの?」
「いや、一度も言ってないな」
「ママが朝食を作ってくれているから、温かいうちに早く食べるのよ。じゃあね」
にこり、と微笑むと、マーガレットは私も荷造りしなくちゃと言い残して、さっさと部屋を出て行った。
取り残された、寝ぐせ頭のルシアは・・・
「とりあえず、朝ごはん食べるか」
凡人にできることから始めることにした。
2時間後
ツァルフェー家の庭にて。
「ということで、ママ、パパ。異世界で、ルシアは王様になって、私は王子様と結婚してきます」
「まあ、じゃあ、今からブーケを作っておくわね。ドレスの色は何色?」
「白と青の2回よ」
「OK。任せて」
「ありがとう。楽しみにしているわね」
「なあ、私には理解不能なんだが。私がアホなだけか?なあ、私、アホなん?」
「大丈夫だよ。ルー。私にもよくわからない。ただ、ママがすごいということしか」
「そうか」
「そうだよ」
二人、頼りにならない者同士を見つめる。
「これが、傷のなめあいってやつか」
「ルー。お父さんに対して失礼だよ」
「そうですね・・・・すみません。つい本音が」
「・・・」
「さて、ルシア!荷造りはばっちりかしら?」
「ああ。母上の布団は、私が全力で開発した、“絶対安全パック”に収納済だ。圧縮して、このネックレスの中に収容してある」
「まあ、ルーちゃんったら」
うふふ困った子ねえとママが笑う。
「母上の優しさに感謝する。あとは、まあ。適当に。なにせ、旅には慣れているからな」
2.3泊分の荷物くらいしか入っていなさそうな鞄を背負い、腰には剣を下げている。
出かけるときはいつも纏う漆黒のマントに、ロングブーツ。
いつもと変わらない軽装だ。
ちなみに、マーガレットに関しては、荷物の類は一切持たず、服装もいつもの、清楚なお嬢様風ドレス。細かく散ったレースが上品さに愛らしさをトッピングしている。そして、低めのヒールはまさかの白である。
「では、行くわよ」
マーガレットが一歩大きく踏み出した。
その背をうろんな瞳で見送ると、突如、マーガレットが、手に持っていたスターサファイアを空高く掲げた。
「うふふ」
瞬間——————ごうっと、すさまじい魔力の渦が現れ、青い空を灰色に変えた。
「っ!!!」
とっさに、荷物を手から落とし、両腕を強く掴む。
歯を食いしばって、マーガレットを見据えた。
(恐怖で凍り付きそうだ)
このマーガレットの本気なんてみたことない。
そんなものを見せられたらショック死すると思っていた。
(間違いだ)
そもそも、その片鱗さえ、この恐怖。
「———ぐうっ」
小さく呻きながら、姉を見据える。
マーガレットは、薄い笑みを浮かべたまま、宝石を見つめている。
宝石に魔力が注ぎ込まれていく。
宝石の中の星が、空に帰るように、宝石の中から空へと浮かび上がっていく。
『移動』
マーガレットが、星に、己の運命を教えるように、囁く。
魔力の暴力的な奔流の中、なぜか、このマーガレットの声はよく聞こえた。
『さあ』
魔力が広がり、空が十字に切り裂かれる。
ぐんっとルシアの体が宙に舞った。
ルシアは、とっさに、両親を見た。
二人は、マーガレットが守っているのだろう。
ただ、暴風の中に巻き上げられる二人を、手を繋いで見守っている。
ママは、力強い笑みを浮かべていた。
(———しっかりやってこい)
その瞳に、恐怖と混乱に支配されそうだったルシアは———口角を上げる。
『はい』
声はきっと届いただろう。