ソプレーズ2
カランカラン
扉を開けると、来客を告げるベルが鳴った。
中に入れば天井まで届く本棚に、所狭しと本が並べられている。
ルシアはそれらのタイトルをザっと眺めながら、一番奥にいるだろう店主を目指す。
【歴史】【魔法】【地図】【種族学】【宗教学】【貿易学】【音楽】【文学】【言語学】
興味をそそるタイトルが山のようにある。
(全て読破したい)
本にまみれて、本の世界にのめり込みたい。
いつか、この女が嫁にいって解放される時がきたら。
(本屋になりたい)
また一つ夢ができた、とルシアはひっそりと笑った。
マーガレットといると、輝く夢が溢れてやまない。
「いらっしゃいませ」
ルシアの姿を見つけると、店主は人の好い笑みを浮かべた。
年はまだ若い。30歳前後だろう。
「店内の本を色々と見せてほしいのだが」
「はい。その前に、少し手を見せてください」
「?」
「爪の長い種族の方には残念ながらお断りしているんです。本が傷つきやすいですから」
「なるほど」
ルシアは両手を出した。
店主はそれを確認すると、にこりと微笑む。
「あなたは人間なんですね。手も汚れていませんし。どうぞ、お好きなものをご覧になってください」
「ありがとう。本と言えば。本屋のあなたに尋ねるのも申し訳ないが。この街に、図書館はあるだろうか」
ルシアの問いに、店主は苦笑して首を横に振った。
「この街にはありませんよ。お客さんは中央から来られたのですか?」
「まあ、そのあたりから」
店主は頷いた。
「そうですか。中央、私も一度は行ってみたい。例え魔族が多くても、あそこは文化が豊かで、図書館の貯蔵量も桁違いと聞きます。まあ、上級魔族しか入れませんので、私では行っても入れませんけれど」
「・・・そうだな」
「あ、すみません。つい余計なことを。それでは、どうぞご覧ください」
「ありがとう」
まずは、地図や地理に関する棚から見ていく。
ルシアは棚の一番端にある本から手に取った。
中身を次々にめくっていく。
マーガレットはそれを少し離れた位置で、にこにこと置物のように見守っていたが、
「・・・」
しばし、ひたすらに本をめくる音が響く。
「店主さん」
マーガレットは振り返ると店主の元へと歩み寄った。
「はい」
店主は顔を上げて、
「———————」
ポカンと口を開けて固まる。
店主は、ルシアの後ろにいるマーガレットの存在には気づいていたが、フードで覆われた顔までは見ていなかった。
しかし、今は、マーガレットの顔がはっきりと見えている。
「めがみ・・・」
茫然自失のなか、うわごとのように呟かれた言葉に、マーガレットはにこりと笑みを深める。
「こちらの本は一冊おいくらくらいするのかしら?」
「本・・・?」
「ええ」
「あなた様にならこの店ごと・・・」
「ふふ。お優しいんですね」
囁かれた言葉に、店主の指先から頭のてっぺんまでが朱に染まる。
「でも、購入するのは連れの方ですので。どうぞ、お値段をお教えくださいな」
「連れ・・・」
店主の友好的な目が、スッと細められる。
しかし、マーガレットは相変わらず、ニコニコと微笑んだまま、
「ええ。血縁者ですので」
「ああ!!そうですか!!」
店主の表情がコロッと喜色に変わる。
「貴重なものを除けば、だいたいは、クオーター金貨1枚前後ですかね」
「そう」
マーガレットは少し考える素振りを見せ、
「お願いがあるの」
「なんなりと。あ、いえ。な、なんでしょう?」
「あの子は今、どうしても本を読む必要があるのだけれど、この街には図書館がないわ。そこで、今日一日、自由にここにある本を読ませて頂きたいの。もちろん、本を傷つけないように読むとお約束するし、万が一、傷つけてしまった本があれば、そちらは買取させて頂きます」
「その間、あなたはどちらに?」
「お許し頂けるなら、こちらで席を共にしてもいいかしら?」
「もちろんです!!!!!」
「嬉しい。ありがとうございます。あの、勿論、少ないけれど対価はお支払いさせて頂きます」
「いいえ!!対価なんていりません!!この世知辛い世の中で、本好きがいるだけでも嬉しいのに。さらに、貴女のような方と時間を共有できるなんて!夢のようです!!」
店主は、拳を固く握りしめて、身を乗り出して語る。
マーガレットは、にこりと微笑み、
「私も、夢みたい」
「!!いす!椅子を用意しますね!!」
ガラガラっと音を立てながら、店主は、迅速に、カウンター内にあった椅子をマーガレットの方へと運ぶ。
それに腰掛けるマーガレット。
カウンター越しに二人で見つめあい、
店主はこの世の春を見た。
(・・・この本を店主に薦めるべきか)
ルシアは、『体験談 女の恐ろしさ』という一冊をちらりと見つめ。
しかし、再び、手元の本へと視線を戻した。
(店主が私に本を与えてくれたように、私は実戦でお返ししよう)
マーガレットの毒牙を放置するのは、恩をあだで返す行為だが。
これはこれで、彼にとっては貴重な人生経験となるだろう。
(店主よ。女を見る目を磨け)
ルシアは、マーガレットに与する男には意外と厳しいのであった。